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20.目覚め
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「母上!おはようございます!今日もいい天気ですよ!」
アランが真っ先にフィーネの部屋に入って行く。
中から返事はないが、それでも気にしないようだ。
アルバートもそれを見ながらフィーネの部屋に足を踏み入れた。
「母上!体調はどうですか?」
「・・・・・」
まだ意識がはっきりせず虚ろな目で一点を見つめるフィーネの姿はいっそ異様だった。
起きているのに意識がない。人形のような姿に胸が痛む。
アランはフィーネから返事がない事も分かっているが、いつも明るく話しかけていた。
「フィーネ。今日はいい天気だよ。風も気持ちいいから少し窓を開けておこう」
アルバートは窓際に近づき、少しだけ窓を開けた。途端に爽やかな風が入りカーテンが少し揺れる。
これから本格的に寒くなるが、その前の束の間の陽気であろう。
「寒くなったらすぐに閉めてやってくれ。私は仕事に行く」
「お任せ下さい。行ってらっしゃいませ」
「公爵様。行ってらっしゃい」
執事のロイドとアランに見送られ、アルバートは退出した。
アルバートは公爵だ。
毎日フィーネの様子は確認しているが、それでも分刻みでスケジュールが詰まっている。しかし、それでもフィーネの所に僅かな時間であろうが必ず顔を出していた。
「アラン様。先ほどおっしゃられていたゼリーです」
「あ!ありがとうございます!母上見て下さい!今朝デザートで頂いたオレンジのゼリーです!とっても美味しいんですよ」
ロイドからゼリーのガラス容器を受け取って、スプーンでゼリーをすくった。
現在フィーネは自分で食事が取れないが、嚥下機能は生存本能からか働くようだった。食べ物を口に入れると飲み込もうとするのだ。噛む事はしないので噛まずに食べられる食事を与えていた。
アリステラによると、本来すぐ目覚めるはずだった。
しかし意識は戻ったが、フィーネの自我が戻って来ない。医師たちは恐らく精神的な防衛本能だろうと話していた。助けられたとはいえ、人の尊厳を踏み躙られたフィーネ。精神的ショックから立ち直るには今少し時間が必要だろうとの事だった。
それを聞いたアルバートとアランは沈痛な面持ちだったが、その後は努めて明るくフィーネに接していた。
直ぐに戻って来るかもしれないし、時間がかかるかもしれない。
それは誰にも分らないが、ただ祈るばかりだった。
アランは口元にゼリーを運ぶとフィーネの口の中へ入れた。食べ物を認識しゆっくり嚥下するフィーネ。
「美味しいでしょう?もっと食べますか?」
小さな身体で一生懸命に母親の世話をする様子に侍女は少し涙ぐんだ。
きっと母上は少し、心を休めているだけだ。そう信じるしかなかった。
◇◇◇
ーーーーーーーーポチャン。
ーーーーーーー?
ーーーここはどこ?
遠くで水の音がする。
何か大事な事を忘れているような・・・。
でもふわふわ。
ここは居心地がいい。
真っ白い場所。
何もない。
私は誰?
どうしてここにいるの?
でもここは優しい場所。
ずっとここにいたいわ。
「・・・・さい。・・と・・・だ」
あっちの方から誰かの声がする。
誰だろう?
聞いた事のある声だ。
「・・・起きなさい。・・・はいるべき・・・ない」
ああ、ここから出たくないの。
だってここは誰にも傷付けられないから。
「私の・・よ。起きてあげなさい」
どうして?
誰が待っているというの。
私頑張ったわ。それに疲れたの。少しくらい休んだっていいでしょう?
「あの子をそのまま放っておくのかい?」
あの子?
あの子って?
段々声がはっきり聞こえてくる。
「私の娘はあの子を誰よりも愛しているはずだ」
娘?
あ、もしかして・・・。
お父様?
ああ・・・お父様会いたかったわ。
会いに来てくれたのね。
ずっと謝りたかったの。
私のせいで本当にごめんなさい。
「いいんだよ。私は後悔などしていない。しかし、私の事を考えるあまり自分の事を愛してくれる存在を否定してはいけないよ」
「・・・・だって彼はお父様を手にかけたわ」
声が出た。うれしい。
「お前が幸せになることを諦めてはいけない。あの子を幸せにするためにはお前が幸せにならないとダメだ」
「それは出来ないわ。私は許されない事をたくさん・・・」
「私が許すよ」
微かに輪郭が浮かぶ父は口元に笑みを作っていた。
父のその言葉に知らず瞳から涙がポロポロ零れる。
これは私の願望が見せた夢?
都合がいいように見せた幻。
「父さんが自分の娘の幸せを願わないなんて、そんな風に思うはずないじゃないか」
「でも・・・だって」
「素直におなり。お前には幸せになる権利も、自由もあるんだよ」
本当にそうだろうか。
でもどうしても過去は思い出してしまう。
「このままじゃ父さんは心配でお前の元を離れられないよ」
「・・・お父様を私は苦しめているのですか?」
「いいや、それは違う。私はお前を愛しているから心配なんだ」
お父様の姿が朧気ながら私を抱きしめてくれた気がした。
暖かい。
「・・・ここへはもう戻って来てはならないよ」
「どうしてですか?ここはとても居心地がいいです。お父様だっている」
「ここに長時間留まれば、お前が帰れなくなってしまう。消えてしまうんだ」
「それではダメなのですか?私はここにいたいのに」
困ったように輪郭が苦笑した。
「さぁ・・もう行きなさい。お前が本来あるべきところに」
「いや、嫌よ!私はお父様と一緒にいるわ!!」
お父様が私の身体を引き離し、背中を押した。
直観的にもう二度と会えない気がした。
「お父様!!」
『・・・・愛しい娘、フィーネよ。幸せにおなり』
その言葉を最後に、輪郭は消えていき私の身体は光に包まれた。
眩しい。目を開けていられない。
そして暖かい何かに包まれる気がした。
お父様でもない、違う感触が2つ。
唐突に理解する。
ああ・・・。そこにいたのね。
ごめんなさい。心配させてしまったわ。
すぐに帰るから。
◇◇◇
ピクリと反応するフィーネのまつ毛。
フルフルと震える瞼にアランは気が付いた。
「・・・!?母上!!聞こえますか!?母上!!」
突然今までなかった反応をし出したフィーネに必死に呼びかけるアラン。
すると、今度はフィーネの右手の先がピクリと意思を持って反応した。
「あ・・・母上!起きて!謝るから!!僕、母上に謝ってない・・・だから!」
「・・・・ア・・ラン?」
「!!!」
アランはもう言葉に出来なかった。
自分の目をしっかり見返してくれた母親にぎゅっと抱き着いた。
フィーネが目覚めた。
「母上っ・・・ははうえぇぇ・・・」
「・・・ごめ・・んね。・・アラン」
縋り付いて大泣きする子供とその母親。
その光景を侍女とロイドは目に涙を浮かべて眺めていた。
アランが真っ先にフィーネの部屋に入って行く。
中から返事はないが、それでも気にしないようだ。
アルバートもそれを見ながらフィーネの部屋に足を踏み入れた。
「母上!体調はどうですか?」
「・・・・・」
まだ意識がはっきりせず虚ろな目で一点を見つめるフィーネの姿はいっそ異様だった。
起きているのに意識がない。人形のような姿に胸が痛む。
アランはフィーネから返事がない事も分かっているが、いつも明るく話しかけていた。
「フィーネ。今日はいい天気だよ。風も気持ちいいから少し窓を開けておこう」
アルバートは窓際に近づき、少しだけ窓を開けた。途端に爽やかな風が入りカーテンが少し揺れる。
これから本格的に寒くなるが、その前の束の間の陽気であろう。
「寒くなったらすぐに閉めてやってくれ。私は仕事に行く」
「お任せ下さい。行ってらっしゃいませ」
「公爵様。行ってらっしゃい」
執事のロイドとアランに見送られ、アルバートは退出した。
アルバートは公爵だ。
毎日フィーネの様子は確認しているが、それでも分刻みでスケジュールが詰まっている。しかし、それでもフィーネの所に僅かな時間であろうが必ず顔を出していた。
「アラン様。先ほどおっしゃられていたゼリーです」
「あ!ありがとうございます!母上見て下さい!今朝デザートで頂いたオレンジのゼリーです!とっても美味しいんですよ」
ロイドからゼリーのガラス容器を受け取って、スプーンでゼリーをすくった。
現在フィーネは自分で食事が取れないが、嚥下機能は生存本能からか働くようだった。食べ物を口に入れると飲み込もうとするのだ。噛む事はしないので噛まずに食べられる食事を与えていた。
アリステラによると、本来すぐ目覚めるはずだった。
しかし意識は戻ったが、フィーネの自我が戻って来ない。医師たちは恐らく精神的な防衛本能だろうと話していた。助けられたとはいえ、人の尊厳を踏み躙られたフィーネ。精神的ショックから立ち直るには今少し時間が必要だろうとの事だった。
それを聞いたアルバートとアランは沈痛な面持ちだったが、その後は努めて明るくフィーネに接していた。
直ぐに戻って来るかもしれないし、時間がかかるかもしれない。
それは誰にも分らないが、ただ祈るばかりだった。
アランは口元にゼリーを運ぶとフィーネの口の中へ入れた。食べ物を認識しゆっくり嚥下するフィーネ。
「美味しいでしょう?もっと食べますか?」
小さな身体で一生懸命に母親の世話をする様子に侍女は少し涙ぐんだ。
きっと母上は少し、心を休めているだけだ。そう信じるしかなかった。
◇◇◇
ーーーーーーーーポチャン。
ーーーーーーー?
ーーーここはどこ?
遠くで水の音がする。
何か大事な事を忘れているような・・・。
でもふわふわ。
ここは居心地がいい。
真っ白い場所。
何もない。
私は誰?
どうしてここにいるの?
でもここは優しい場所。
ずっとここにいたいわ。
「・・・・さい。・・と・・・だ」
あっちの方から誰かの声がする。
誰だろう?
聞いた事のある声だ。
「・・・起きなさい。・・・はいるべき・・・ない」
ああ、ここから出たくないの。
だってここは誰にも傷付けられないから。
「私の・・よ。起きてあげなさい」
どうして?
誰が待っているというの。
私頑張ったわ。それに疲れたの。少しくらい休んだっていいでしょう?
「あの子をそのまま放っておくのかい?」
あの子?
あの子って?
段々声がはっきり聞こえてくる。
「私の娘はあの子を誰よりも愛しているはずだ」
娘?
あ、もしかして・・・。
お父様?
ああ・・・お父様会いたかったわ。
会いに来てくれたのね。
ずっと謝りたかったの。
私のせいで本当にごめんなさい。
「いいんだよ。私は後悔などしていない。しかし、私の事を考えるあまり自分の事を愛してくれる存在を否定してはいけないよ」
「・・・・だって彼はお父様を手にかけたわ」
声が出た。うれしい。
「お前が幸せになることを諦めてはいけない。あの子を幸せにするためにはお前が幸せにならないとダメだ」
「それは出来ないわ。私は許されない事をたくさん・・・」
「私が許すよ」
微かに輪郭が浮かぶ父は口元に笑みを作っていた。
父のその言葉に知らず瞳から涙がポロポロ零れる。
これは私の願望が見せた夢?
都合がいいように見せた幻。
「父さんが自分の娘の幸せを願わないなんて、そんな風に思うはずないじゃないか」
「でも・・・だって」
「素直におなり。お前には幸せになる権利も、自由もあるんだよ」
本当にそうだろうか。
でもどうしても過去は思い出してしまう。
「このままじゃ父さんは心配でお前の元を離れられないよ」
「・・・お父様を私は苦しめているのですか?」
「いいや、それは違う。私はお前を愛しているから心配なんだ」
お父様の姿が朧気ながら私を抱きしめてくれた気がした。
暖かい。
「・・・ここへはもう戻って来てはならないよ」
「どうしてですか?ここはとても居心地がいいです。お父様だっている」
「ここに長時間留まれば、お前が帰れなくなってしまう。消えてしまうんだ」
「それではダメなのですか?私はここにいたいのに」
困ったように輪郭が苦笑した。
「さぁ・・もう行きなさい。お前が本来あるべきところに」
「いや、嫌よ!私はお父様と一緒にいるわ!!」
お父様が私の身体を引き離し、背中を押した。
直観的にもう二度と会えない気がした。
「お父様!!」
『・・・・愛しい娘、フィーネよ。幸せにおなり』
その言葉を最後に、輪郭は消えていき私の身体は光に包まれた。
眩しい。目を開けていられない。
そして暖かい何かに包まれる気がした。
お父様でもない、違う感触が2つ。
唐突に理解する。
ああ・・・。そこにいたのね。
ごめんなさい。心配させてしまったわ。
すぐに帰るから。
◇◇◇
ピクリと反応するフィーネのまつ毛。
フルフルと震える瞼にアランは気が付いた。
「・・・!?母上!!聞こえますか!?母上!!」
突然今までなかった反応をし出したフィーネに必死に呼びかけるアラン。
すると、今度はフィーネの右手の先がピクリと意思を持って反応した。
「あ・・・母上!起きて!謝るから!!僕、母上に謝ってない・・・だから!」
「・・・・ア・・ラン?」
「!!!」
アランはもう言葉に出来なかった。
自分の目をしっかり見返してくれた母親にぎゅっと抱き着いた。
フィーネが目覚めた。
「母上っ・・・ははうえぇぇ・・・」
「・・・ごめ・・んね。・・アラン」
縋り付いて大泣きする子供とその母親。
その光景を侍女とロイドは目に涙を浮かべて眺めていた。
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