半纏姉ちゃん

吉沢 月見

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 姉に署名してもらったが滞在を一日伸ばした。
「すぐ会えるよ」
 と姉は言うけど、そんなのいつになるやら。
「眠い」
 本の匂いのせいだ。
「怖くて眠れなかったの?」
 姉が聞く。
「ううん」
 姉の発送を手伝い、午前中だけ倉橋さんの医院の受付をする。こういう仕事もいいな。でも患者さんたちがちょっと意地悪。
「ほれ」
 とおじいさんが飴をくれた。こんなのじゃ靡かない。
 没頭できるものがない私には、姉が慕われる理由がわかる。
「おもしろいよね。恋ちゃんと付き合ったら他の人は無理たい。めちゃくちゃ楽しかけんね」
 と和心さんは言った。
 暑すぎる今日のお昼は姉の店でそうめんをすする。
『頭上にて はぐれたカラス 鳴いている』
『疑似餌って まるで私だ あのときの』
『恋と釣り 腹が減ったら 鯵を焼く』
 お客さんが来るらしく、釣りに行けないから俳句を連投。
 いいな。姉を見ていても、何も思い浮かばない。恋人の和心さんもそうなのだろう。だから指折り数える姉を見つめているだけ。
 ここに滞在するのも悪くない。民宿代は安いし、五十嵐さんに頼み込んだら働かせてくれそう。お嫁さんにもしてくれそう。
『妹よ ゆけゆけ好きな ところへと』
 姉のその句にはっとする。
 楽なほうに傾くのは簡単だ。しかし水平を保たなければ船は沈む。私は私の生活をしよう。
 夜、姉は俳句を投稿する理由を教えてくれた。
「たぶん、寂しがり屋なんだよ」
 姉の俳句の中のマミーはやはり母ではなかった。母だと思っていた父親の恋人は、姉の父が亡くなると一緒に暮らしていた姉になにも言わず消えたらしい。
「家とかは売られなかったけど、たぶんなにかしらは奪っていったと思うわ」
 と姉は言った。
「その状況、今の私に似ている?」
「騙されたことは経験のひとつで充分。復讐したり他の人を騙そうとは思わない。辛いことも嬉しいことも俳句にすると俯瞰できるの」
 そういう姉がなんだか誇らしい。私はあの人やあいつを思い出すと苛々してしまうから。姉を見習おう。そしてモテよう。
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