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夜も二人は居酒屋でどうでもいいことを話す。
「デートしないの?」
と聞いてしまった。
「してるじゃん」
姉が答える。これは夕飯ではないのだろうか。
「今日荷物たくさん届いてたけど?」
五十嵐さんが言う。
「うん。イベントが終わった直後は置いてくださいって作家さん増えるのよね。問い合わせの電話もあったし」
姉は本当に忙しいようだった。だから恋人であっても倉橋さんの手伝いをしないのだろうか。それともやっぱり倉橋さんのお父さんのことを気にしているのだろうか。二人にとって、それは忘れたいことに該当する? なかったことにはならない、たぶん。
姉は夜でも半纏を着ていたままだ。
「暑くない?」
私は聞いた。
「まだ平気」
私の質問を五十嵐さんも聞き流す。同意してくれない。彼も事情を知っていることを悟る。
「あの半纏は父が恋ちゃんに買ってあげたものなんや」
姉がトイレに立った際に倉橋さんは言った。それを着続けることがこの人を傷つけていることに姉は気づいているのだろうか。セックスのときはさすがに脱ぐのだろう。
「その、気持ち悪くないですか?」
私は言ってしまった。
「そうはっきり言うところ、姉妹だね」
と倉橋さんが笑う。
夕飯は唐揚げとオムライス。地元色ゼロ。こういう旅行もいいなと思いながらも、当初の事柄を思い出す。
「これ…」
私は再び書類を取り出した。
「遺産? 別にお金に困ってないからいらないわ」
と姉は興味がなさそうだ。
「人間て、もらえるなら貯めておけるなら、お金なんて絶対に欲しいはずでは?」
「考え方が違うだけよ。私だってお金は好きだし大事。でも自分で稼いだお金のほうが罪悪感がないだけ。それに私、お母さんのこと記憶になくて」
「その件については私と私のお父さんが悪いのかもしれなくて」
姉と姉の父さんと別れるきっかけになったのは私ができたからか私の父親に違いない。
「あなたのお父さんとも離婚してるんだ?」
書類に私の名前しかないから姉が察する。
「はい」
「他にきょうだいは?」
私は首を振る。
「いません」
「そう。私の父も亡くなっているの」
「じゃあ近しい血縁者は二人だけやね」
倉橋さんの言葉にはっとしたのは私だけではなかった。
「そうね」
と姉が頷く。
「母親を覚えていなくても娘だからもらう権利があるんだよ」
と五十嵐さんは私の味方をしてくれる。姉にはナスのグラタンを出した。
「それならあなたは嫌いかもしれないけど一緒に暮らしていた人のほうがもらう権利があると思う」
姉は頑固だ。譲らない。私も譲れない。あんな人に私の大事なものが奪われてゆくのが我慢ならない。
「お食べよ」
姉がグラタンを小皿に取り分けてくれる。倉橋さんは焼きそばを。私のお皿が汚くなる。おいしいから許せる。こういう温かい気持ち、久々。
「デートしないの?」
と聞いてしまった。
「してるじゃん」
姉が答える。これは夕飯ではないのだろうか。
「今日荷物たくさん届いてたけど?」
五十嵐さんが言う。
「うん。イベントが終わった直後は置いてくださいって作家さん増えるのよね。問い合わせの電話もあったし」
姉は本当に忙しいようだった。だから恋人であっても倉橋さんの手伝いをしないのだろうか。それともやっぱり倉橋さんのお父さんのことを気にしているのだろうか。二人にとって、それは忘れたいことに該当する? なかったことにはならない、たぶん。
姉は夜でも半纏を着ていたままだ。
「暑くない?」
私は聞いた。
「まだ平気」
私の質問を五十嵐さんも聞き流す。同意してくれない。彼も事情を知っていることを悟る。
「あの半纏は父が恋ちゃんに買ってあげたものなんや」
姉がトイレに立った際に倉橋さんは言った。それを着続けることがこの人を傷つけていることに姉は気づいているのだろうか。セックスのときはさすがに脱ぐのだろう。
「その、気持ち悪くないですか?」
私は言ってしまった。
「そうはっきり言うところ、姉妹だね」
と倉橋さんが笑う。
夕飯は唐揚げとオムライス。地元色ゼロ。こういう旅行もいいなと思いながらも、当初の事柄を思い出す。
「これ…」
私は再び書類を取り出した。
「遺産? 別にお金に困ってないからいらないわ」
と姉は興味がなさそうだ。
「人間て、もらえるなら貯めておけるなら、お金なんて絶対に欲しいはずでは?」
「考え方が違うだけよ。私だってお金は好きだし大事。でも自分で稼いだお金のほうが罪悪感がないだけ。それに私、お母さんのこと記憶になくて」
「その件については私と私のお父さんが悪いのかもしれなくて」
姉と姉の父さんと別れるきっかけになったのは私ができたからか私の父親に違いない。
「あなたのお父さんとも離婚してるんだ?」
書類に私の名前しかないから姉が察する。
「はい」
「他にきょうだいは?」
私は首を振る。
「いません」
「そう。私の父も亡くなっているの」
「じゃあ近しい血縁者は二人だけやね」
倉橋さんの言葉にはっとしたのは私だけではなかった。
「そうね」
と姉が頷く。
「母親を覚えていなくても娘だからもらう権利があるんだよ」
と五十嵐さんは私の味方をしてくれる。姉にはナスのグラタンを出した。
「それならあなたは嫌いかもしれないけど一緒に暮らしていた人のほうがもらう権利があると思う」
姉は頑固だ。譲らない。私も譲れない。あんな人に私の大事なものが奪われてゆくのが我慢ならない。
「お食べよ」
姉がグラタンを小皿に取り分けてくれる。倉橋さんは焼きそばを。私のお皿が汚くなる。おいしいから許せる。こういう温かい気持ち、久々。
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