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戻ってきました

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 珍しく雨が降っている。あっちもだろうか。帰りたい。便利だから。でも向こうにいてもそう思う。私って厄介な人間なのかもしれない。
 好きな人がいる世界が自分の世界だと信じるほど純粋じゃない。地獄の生活が性に合っているなんて性格が悪い人みたい。
 答えなんてすぐにわかることばかりではない。私の気持ちも能力のことも、わからなければ先延ばしにすればいい。
 怖くないのはあなたが近くにいてくれるから。好意を伝えたわけでもないのに一心さんにやたらと目を逸らされる。逆にそれが恥ずかしい。
 地獄が怖かった。今だって門の向こうは怖い。私はもう少しここで自分と向き合う。能力や、やりたいこと、あなたとの気持ちを見定めたい。一心さまは優しい。寝起きを共にするようになって、朝と夜にあなたが死んだ奥様達に長らく手を合わせているのを知ってしまった。
「今日はこんなことがあった」
 と、一日にあったことを日記みたいに。朝は朝で、
「面倒なことがありませんように」
 と願掛け。体は大きいし力もあるのに、かわいい人だ。私への気持ちは見えない。でも、大女将を裏切れないのは親族だからではなくて信じているからだろう。

 掃除に片づけ、それから自分の仕事。私も私で、割と欲張り。
 なんだかんだ動いてしまう性分のようだ。

 ここはここは地獄門前の芯しん亭。あなたがお泊りになるときは是非とも当方へお越しください。
 心よりのサービスでおもてなしいたします。あっちに持って行っても無意味なお金を使い果たしてくださいませ。
「いらっしゃいませ」
「芯しん亭へようこそ」
 さて、女将修行も含めて頑張ろう。
おわり
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