地獄門前のお宿で女将修行はじめます

吉沢 月見

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戻ってきました

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「瑠莉、おかえり」
 姉の横には見知らぬ男がいた。
「誰?」
 私は姉に耳打ちした。
「恋人のヒトキさん」
 創ちゃんが亡くなったからだろうか。いや、きっと違う。
 この二人が一緒にいるのを見たことがある。ちょうどいい背丈とか、姉がよく笑うとかそんな理由で許してしまう。
「なにしてる人なの?」
 姉とヒトキさんが庭を掃いているうちに母に探りを入れる。
「無職よ。だから、ちょうどいいでしょ?」
 なんだろう、その言い草は。確かにうちを継ぐには無職がいい。時間の融通が利いて力持ちで優しければ尚のこといい。
「相手の家とかは?」
「瑠莉、地獄に行ったらそういうこと気にするようになったの? あんたって元々そういうところあったわよね」
 その口ぶりから母も彼を気に入っていることが伝わった。上部だけを取り繕える人もいるんだよ、お母さん。
 別に私は私がいない間にそうなっていることが面白くないわけではない。人を信じられるかどうかは接してみないとわからない。
 ヒトキさんは蕪木さんに似ていた。つまり、うまく生きてきた人間なのだろう。
 ずっと遊び人のままでいる人もいるし、すぱっと遊ばなくなる人もいる。本当に運命の人に出会ったり、無意味だと気づいた場合は。
 うちで泊まり込みで修業中している点は、芯しん亭で修業する私と似ていた。激務な私とは違い、ヒトキさんはうちの家族にとっても甘やかされているようだが。
「へえ、地獄に行ってたの?」
 オールバックの髪型だから目を見開くとそのまま飛び出てしまうのではないかと思った。丸顔で、眉毛が濃い。イケメンではないけれど、
「それ運びますね」「外、片します」
 とそつがない。
 ぽやんとしている姉は創ちゃんが実は悪い人って気づいていたのかもしれない。そして、ヒトキさんはそんな姉が選んだ人だからだめな人ではないのだろう。
 右手のことは家族にも秘密。見た目には私でも区別つかない。生え変わったということだろうか。

 自室で横になる。やっと帰ってこれた。スマホの充電も完了。腕時計も正常に動く。あのおじさんから託された時計を検索。やっぱり滅茶苦茶高い。今は時計にも資産価値がある時代だ。私には見えているけれど、他の人はどうなのだろう。わからないから押し入れに放置。
 あっちにいたら、まだ働いている時間だ。
 月が出ている。三日月。一心さんは大丈夫だろうか。

 地獄に行っていた間に姉が買っておいてくれた雑誌を読破。変わり映えのない日常。いいことだけれど天国に似てちょっと暇。
 地獄だったらそろそろお花をしまって、お風呂に入る頃合いだろうか。
 することもないので寝るとしよう。自分のベッドに体が馴染む。

 家は神社の境内なのに、やっぱり金縛り。前触れもなく、長い。動かない体のまま、数回ため息をついた。自分ではため息でも実際はごく浅い呼吸だ。
 ああ、これ嫌い。鬼の血でもなんとかならんのだろうか。
 金縛りについたままでも私は眠れる。でも、ないほうがいい。芯しん亭だとぐっずりなのに。別にあなたの寝息が恋しいわけじゃない。
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