地獄門前のお宿で女将修行はじめます

吉沢 月見

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戻ってきました

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 急なことで、清しん亭の女将さんや近くのお店の人には話せていなかった。

「いってらっしゃい」
 芯しん亭のみんなはそう送り出してくれた。
「はい」
 閻魔様からの書類を見せて門を出た。

 当たり前だが、こっちからのバスに乗る人はいない。運転手さんと私だけ。
 初めてこちらに来たときの感覚を思い出した。
 地獄だから少し怖くて、怯えて、でも働いていたら馴染んだ。怖い人も悪い人もいたけれど、それは人間界も同じこと。
 バスは無料なのだ。来るときもそうだった。人間界で例えるなら行政の管轄なのだろうか。芯しん亭の広告もあるから宿の組合のようなものが運営しているのかもしれない。
 やっぱりおもしろいな。

 久々の人間界も地獄みたいな匂い。こんな匂いだっただろうか。風が私の頬を撫でる。明るい。家々を見下ろし、やっぱりここが私の世界だと感じる。
「戻ってきちゃった」
 山の中から出てきた。うちは向こうの丘。歩くしかなさそうだ。山を下りながら海が見える。小さいときからの見慣れた風景だ。

「ただいま」
 母が顔を出し、
「あら、おかえり。お土産は? 地獄の石とか」
 とわけのわからぬことを言い出した。旅行と勘違いしている。
「そんなのないよ」
 母はテレビを見ながら煎餅を食べていた。
「そうなの? 残念」
「それよりおじいちゃんは?」
 私は聞いた。
「さぁ」
「若いときからふらっといなくなるんだよ、あの人は」
 と父が言った。
 そんな人だっただろうか。私の知る祖父はいつも家にいる。きちんと神職の服を着て、なにかを守るように。
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