地獄門前のお宿で女将修行はじめます

吉沢 月見

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好きなの

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 困ったことにこちらは一律で、リーダーのような人がいない。刺繍は自分たちのためのあって、地獄のようにお客さんは来ない。

 だから、つまんない。
 こっちでは、そのつまらないという感情すら悪らしい。お金を稼ぎたいもそうだし、地獄とも人の世界からも逸脱している。

 当然、怠惰になる。
 そのくせ、私を引き入れて地獄を消そうとするのだから、それのほうが私には悪でないのか不思議。地獄にだって、人や鬼が暮らしている。そりゃ、悪いことをしたから地獄にいるわけだけれど、こっちと違って真っ当な生活が成り立っている。温かいひだまりの中でふわふわした気分になるだけで、退屈の極み。
 甘いものだけ食べて、太って、蒸発するのを待つこちらの人たちのほうが気味悪い。確かにいい人なのだろう。みんな笑っている。
 でも、好きになれない。
 地獄と違ってサイクルが速い。

 こっちに来て、天国だとわかるとほっとした顔をして、しかし特にすることもないからふかふかの雲の上に寝転んで、そうして朽ちる。魂は転生されるのだろうが、どこか味気ない。
 地獄では何千年、何万年の苦行が当たり前。
 地獄へ入れば食事はないが、門前では朝晩、食事を取る人間の生活が体に染み込んでいるから、ここでの生活は逆に苦しい。退屈で己の管理ができないと、すぐに体も消えてしまう。
 ここにいられる人って、望みがない人なのかもしれない。
 暇なのに私の体が消えないのは、多分生きているからなのだろう。
「お茶よ」
「ありがとう」
 楽しみが少ないのは私だけなのだろうか。地獄と違い、こちらはいつも眩しいほどに明るい。花束を作って売りたい。これだけあれば買う必要もないか。
 夜が、恋しい。こっちはずっと明るい。本当に地獄と正反対。
 風景も同じで楽しみがない。
 ワイワイガヤガヤしていた地獄が懐かしいな。こっちの人はお酒も飲まないから、酔っていないし叫ばない。私も死人が鬼にズタボロにされるところはもう見たくない。あれは愉しめないが、生活や習慣はあっちのほうがある。
 時計もない。持ってくればよかった。

 もう何日経ったのだろう。
 寒くもなくて、文句も言えない。言う相手もない。
 ふと指先が触れた唇が寂しがっている。いやいや、そんなことはない。
 あんなに一緒にいたのに、一心さんのことを考えないようにしている。好きとキスの数は比例しない。
 互いに利用していただけ。でも、こんなに考えてしまって、暇だからずっと考えてしまって。極論、好きってことだろうか。
 これは天国のせい。暇で、仕事もなくて、悪い人もいないせい。
 私の力が強くなったら、やっぱりいい人にさえ悪用されるような気がする。跡形もなく消せるなんて、俗世ならベストオブ殺し屋。
 一心さんはどうしているだろう。仮にも婚約者がこんなことになっているのだから、探してくれている? もしかしたらこっちのきれいすぎる空気を吸ったら鬼は死ぬとかあるのかな。ああ、また彼のことを考えてしまう。
「助けに来なさいよ」
 地獄に私がいなくても、あなたは困らないのだろう。大女将やみんなは私が逃げたと思っているのだろうか。なんか、もやっとする。訂正したい。
 足の爪が伸びていた。こっちではどう処理するのだろう。なんでも聞ける麻美さんがいない。
 お風呂もないし。
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