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 私はまだ一心さんの部屋で眠っていた。大女将には誰も逆らえない。私だって、現世の記憶を消され、気づいたら一心さんのお嫁さんにもうなっている設定に改ざんされたら気づけないかもしれない。それはそれで幸せなんだろうか。

「会いに行かないのか? お前の知り合いなのだろう?」
 夜、一心さんの部屋で床につく直前に言われた。
「死んで残念ねとか? 言えませんよ、そんなこと」
「明日には門の向こうに行ってしまうんだぞ」
 今まで、幾人ものお客さんを見送ってきた。挨拶だけの人、私のマッサージを受けてくれた人もいる。
「話すことないなって。死んだ人と昔の思い出話してもお互い辛いし」
 衝立の向こうで一心さんのため息が聞こえた。
「言っておきたいことがあるだろ? 一生後悔するぞ」
「こっちはそれで満足すかもしれないですが、向こうに行く創ちゃんにはもう夢も希望もないんですよ」
「生きているお前が後悔したらかわいそうだなって思っただけだ」
 そうか。私はまだ生きているのだ。力をコントロールできるようになったら、自分の場所へ戻る。
 誰か、そのことを寂しいと思ってくれる人はいるのだろうか。
 一緒に働いている人たちにとったら、私の滞在期間など一瞬なのだろう。大女将がすぱっと私に関するみんなの記憶を消すのだろう。

 創ちゃんが亡くなってしまって姉は大丈夫だろうかと心配になった。一心さんのパソコンを借りれば連絡が取れる。いろいろ考えているうちに眠ってしまった。寂しくても人間は眠るものなのだ。
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