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美しい花束

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 閻魔様を放置していたら、呪いがかかって枯れない花をもってきてくれた。
「きれい」
 珠絵ちゃんはうっとり。
 百合のような漏斗型の薄い黄色の花。
 呪いがかかっていてもきれいなものはきれい。
「怖いわ」
 と麻美さんは近づかない。
「盛り塩の傍に置いてみる?」
 凌平くんも信心深い。
 閻魔様が珍しい花を持って来たとまた見物客が増える。閻魔様は怖い人だが、人間界でいうところの偉い人。逆らう者はいない。
「気に入ったか、娘よ?」
 閻魔様が来て、花を見ていた。閻魔様だから門の行き来が自由なのだろうか。ここで働く人に取ったら社長か上司?

「閻魔様、その娘はうちの一心の婚約者ですよ」
 大女将もさすがに閻魔様相手では金切り声ではない。
「まだ婚約中だろう? 気が変わることなどよくある。そうだ、これをそなたに」
 それは会沢さんの新刊だった。
「ありがとうございます」
 本当に俗世でも売り出されているようだ。
「そなたはかわいい。またデートへ行こう。今度は地獄の寒いほうへ」
 閻魔様にモテても困る。私は向こうの世界の住民だ。
「閻魔様は地獄の全部を把握しているのですか?」
私が見たのはほんの一部だけれど、とてつもなく広い。ダンジョンというより蟻の巣だ。あっちこっちに伸びている。
「全貌など知らん。知らないほうが面白い」
 確かにその通りだ。
「今日は忙しいので」
 私は断った。
「そなたはいつでも忙しいな」
 残念そうに溜息をつかないで。
「耐性がないので、そんな顔しないでください」
 女たらしというよりも女が放っておかないのだろう。閻魔様だからじゃない。この人、かわいい。
 ふふっと笑ってしまった。

 それを見ていた大女将は閻魔様が帰るなり、
「冗談じゃない。あんたは一心の嫁になるんだ。そうしないとうちは…」
 と叫んだ。
 で、なぜか私は夕食後、一心さんの部屋に軟禁されています。
「花咲嫁は嫁ぎ先に繁栄をもたらすと言われている」
 一心さんも困り顔。
 まあ、布団を二組敷いてくれたので離して眠ることに。一心さんは衝立までしてくれた。

 人にはその人のルールがある。大女将にとって私は芯しん亭を繁栄させるための道具みたいなものだ。一心さんにとってはどうなのだろう。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 一心さんの部屋なのに、不思議と眠れた。たぶん一心さんが、私がよく眠れるように香木を炊いてくれたからだと思う。
 睡眠は大事。自分のため、体のため。
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