地獄門前のお宿で女将修行はじめます

吉沢 月見

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美しい花束

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 今日は泊り客がマッサージの予約を入れてくれた。若い女の子で、事故で亡くなったからやったことのないオイルマッサージをやってみたいとのこと。そういう依頼ばかりで心が萎える。でも仕事。

 道具があればカッピングなどもできるが、若い子には不要だろう。体に触れてたら、やっぱり滞っていない。それでも死んでしまうのだ。
 制服の彼女は髪を巻いて、ぱっちりお目め。
「普通に歩いていただけなんですよ。それなのにアスファルトに穴が開いて人も車もぱっと落ちて。地獄絵図」
 地獄ですけどね。
「じゃあ、脱いでうつ伏せに」
「脱ぐの?」
「オイルマッサージなので」
「こんなところで?」
 確かに藁の窓もどきからは覗けてしまう。
「外からは見えませんので」
「そう」
 かわいいからこそ完璧を目指してしまう。きっと胸が小さいとか悩んでいるのだろう。私もおでこの小さななほくろが気になる。前髪で隠せるけど。
 私の手でオイルを人肌の温度にする。
「失礼します」
 オイルを弾くような元気いっぱいの肌だ。事故や天災は回避できない。仕方ないと受け止められないのは本人よりも家族だろうと推測する。
「カルダモン」
 彼女が小さな声で発した。
「詳しいですね」
「落ち着くので」
 体も顔の力も抜けてゆく。

 彼女は高校への登校中に事故に遭ったそうだ。
「彼氏と別れたばっかりで、でもよかった。ひどいんですよ。受験だから別れようって。好きなままだったら辛かったから、ちょうどいい」
 彼女は紗耶と名乗った。
「背が小さいのにスカウトされたこともあったけど、モデル事務所ってやっぱ怖いし、部活もあるし。私、美術部で学生コンクールに入賞したこともあるんですよ」
 自慢のようで、過去の自分を俯瞰してみているようで、かわいそうだった。
 まだやりたいことがたくさんあっただろう。
 施術中は眠ってしまう人も多いのに、紗耶さんの口は止まらない。
「大人になりたかったな。素敵な恋愛をして、セレブ妻になりたかった」
 私は恋愛もセレブ妻もお断り。面倒臭そうだから。
 大人は楽しい。お酒も飲めるし、わりと自由。私もこの面倒な力がなかったら日本一周の旅とかしたかった。
「うん。お金が稼げるっていうのが大きいかな。それで自分のしたいことはだいたいできますね」
 私は言った。うちにいくらか入れているが、大半は自分で使える。
「私、バイトもしたことなかった。そうだ、ここで働かせてよ」
 勤労意欲だけいただく。かわいそうという理由だけで雇っていたら芯しん亭は従業員ばかりになってしまう。
「私の一存では決められないです」
「そう。地獄に行ったら痛いの嫌だな」
 ここにいて忙しく働いているほうが確かに気は紛れる。この美しい彼女の体がぐちゃぐちゃになったら、死んでいると理解していてもおかしくなる自分がいる。ここでならばその心配はない。仲居なら僅かばかりでも給金ももらえる。練習代だからいいのに澪さんはマッサージのお金を払いたがる。それが彼女なりの礼儀なのだろうと思う。
 ここにいるということはこんなに狭い背中の紗耶さんも、友達を貶めたり裏切ったりしたのだろう。ただ回りに流されただけかもしれない。
 後悔のない人生を送った人などいるのだろうか。
 サービスでネイルをしたら紗耶さんはとても喜んだ。彼女のきれいな手に映えるオレンジ色。

 しかし、翌朝すっぴんの彼女を見てびっくり。
「化粧してないとこんな感じ。どうせ地獄に行くし、まぁいっか」
 と子どもみたいな顔で笑った。
 女は年頃になるといつからかお化粧することが当たり前になって、夜に顔を洗ってほっとする日々。休みの日にも薄化粧。誰のためなのだろう。
 お金をもらって、
「偽札?」
 と聞いたら、
「最近変わったんですよ」
 と知って、大女将からも叱られる。そのうちこっちでもカード払いやスマホ決済が一般的になったりするのかもしれない。
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