上 下
72 / 99
美しい花束

71

しおりを挟む
 今日は泊り客がマッサージの予約を入れてくれた。若い女の子で、事故で亡くなったからやったことのないオイルマッサージをやってみたいとのこと。そういう依頼ばかりで心が萎える。でも仕事。

 道具があればカッピングなどもできるが、若い子には不要だろう。体に触れてたら、やっぱり滞っていない。それでも死んでしまうのだ。
 制服の彼女は髪を巻いて、ぱっちりお目め。
「普通に歩いていただけなんですよ。それなのにアスファルトに穴が開いて人も車もぱっと落ちて。地獄絵図」
 地獄ですけどね。
「じゃあ、脱いでうつ伏せに」
「脱ぐの?」
「オイルマッサージなので」
「こんなところで?」
 確かに藁の窓もどきからは覗けてしまう。
「外からは見えませんので」
「そう」
 かわいいからこそ完璧を目指してしまう。きっと胸が小さいとか悩んでいるのだろう。私もおでこの小さななほくろが気になる。前髪で隠せるけど。
 私の手でオイルを人肌の温度にする。
「失礼します」
 オイルを弾くような元気いっぱいの肌だ。事故や天災は回避できない。仕方ないと受け止められないのは本人よりも家族だろうと推測する。
「カルダモン」
 彼女が小さな声で発した。
「詳しいですね」
「落ち着くので」
 体も顔の力も抜けてゆく。

 彼女は高校への登校中に事故に遭ったそうだ。
「彼氏と別れたばっかりで、でもよかった。ひどいんですよ。受験だから別れようって。好きなままだったら辛かったから、ちょうどいい」
 彼女は紗耶と名乗った。
「背が小さいのにスカウトされたこともあったけど、モデル事務所ってやっぱ怖いし、部活もあるし。私、美術部で学生コンクールに入賞したこともあるんですよ」
 自慢のようで、過去の自分を俯瞰してみているようで、かわいそうだった。
 まだやりたいことがたくさんあっただろう。
 施術中は眠ってしまう人も多いのに、紗耶さんの口は止まらない。
「大人になりたかったな。素敵な恋愛をして、セレブ妻になりたかった」
 私は恋愛もセレブ妻もお断り。面倒臭そうだから。
 大人は楽しい。お酒も飲めるし、わりと自由。私もこの面倒な力がなかったら日本一周の旅とかしたかった。
「うん。お金が稼げるっていうのが大きいかな。それで自分のしたいことはだいたいできますね」
 私は言った。うちにいくらか入れているが、大半は自分で使える。
「私、バイトもしたことなかった。そうだ、ここで働かせてよ」
 勤労意欲だけいただく。かわいそうという理由だけで雇っていたら芯しん亭は従業員ばかりになってしまう。
「私の一存では決められないです」
「そう。地獄に行ったら痛いの嫌だな」
 ここにいて忙しく働いているほうが確かに気は紛れる。この美しい彼女の体がぐちゃぐちゃになったら、死んでいると理解していてもおかしくなる自分がいる。ここでならばその心配はない。仲居なら僅かばかりでも給金ももらえる。練習代だからいいのに澪さんはマッサージのお金を払いたがる。それが彼女なりの礼儀なのだろうと思う。
 ここにいるということはこんなに狭い背中の紗耶さんも、友達を貶めたり裏切ったりしたのだろう。ただ回りに流されただけかもしれない。
 後悔のない人生を送った人などいるのだろうか。
 サービスでネイルをしたら紗耶さんはとても喜んだ。彼女のきれいな手に映えるオレンジ色。

 しかし、翌朝すっぴんの彼女を見てびっくり。
「化粧してないとこんな感じ。どうせ地獄に行くし、まぁいっか」
 と子どもみたいな顔で笑った。
 女は年頃になるといつからかお化粧することが当たり前になって、夜に顔を洗ってほっとする日々。休みの日にも薄化粧。誰のためなのだろう。
 お金をもらって、
「偽札?」
 と聞いたら、
「最近変わったんですよ」
 と知って、大女将からも叱られる。そのうちこっちでもカード払いやスマホ決済が一般的になったりするのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する

鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。 突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。 しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。 魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。 英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。

シルバーヒーローズ!〜異世界でも現世でもまだまだ現役で大暴れします!〜

紫南
ファンタジー
◇◇◇異世界冒険、ギルド職員から人生相談までなんでもござれ!◇◇◇ 『ふぁんたじーってやつか?』 定年し、仕事を退職してから十年と少し。 宗徳(むねのり)は妻、寿子(ひさこ)の提案でシルバー派遣の仕事をすると決めた。 しかし、その内容は怪しいものだった。 『かつての経験を生かし、異世界を救う仕事です!』 そんな胡散臭いチラシを見せられ、半信半疑で面接に向かう。 ファンタジーも知らない熟年夫婦が異世界で活躍!? ーー勇者じゃないけど、もしかして最強!? シルバー舐めんなよ!! 元気な老夫婦の異世界お仕事ファンタジー開幕!!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

死んだのに異世界に転生しました!

drop
ファンタジー
友人が車に引かれそうになったところを助けて引かれ死んでしまった夜乃 凪(よるの なぎ)。死ぬはずの夜乃は神様により別の世界に転生することになった。 この物語は異世界テンプレ要素が多いです。 主人公最強&チートですね 主人公のキャラ崩壊具合はそうゆうものだと思ってください! 初めて書くので 読みづらい部分や誤字が沢山あると思います。 それでもいいという方はどうぞ! (本編は完結しました)

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

あやかしも未来も視えませんが。

猫宮乾
キャラ文芸
【本編完結済み】【第五章(番外)更新中】時は大正五十年。高圓寺家の妾の子である時生は、本妻とその息子に苛め抜かれて育つ。元々高圓寺家は見鬼や先見の力を持つ者が多いのだが、時生はそれも持たない。そしてついに家から追い出され、野垂れ死にしかけていたところ、通りかかった帝国軍人の礼瀬偲が助けてくれた。話を聞いた礼瀬は、丁度子守りをしてくれる者を探しているという。時生は、礼瀬の息子・澪の面倒を見ることを条件に礼瀬の家で暮らすこととなる。軍において、あやかし対策部隊の副隊長をしている礼瀬はとても多忙で、特に近年は西洋から入ってくるあやかしの対策が大変だと零している。※架空の大正×あやかし(+ちょっとだけ子育て)のお話です。キャラ文芸大賞で奨励賞を頂戴しました。応援して下さった皆様、本当にありがとうございました!

処理中です...