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美しい花束

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 清しん亭の女将さんが私の店にマッサージを受けに来てくれた。小柄で、細身。触るのを躊躇するほど肉がない。骨はしっかりとしている。人間界で買った円座を珠絵ちゃんに少し直してもらってうつ伏せの顔の下に枕の代わりに置いた。
「ああ、気持ちいい。あなたおでこが広いから一心と結婚なんてやめてうちを継ぐのはどう?」
 体をほぐすと厳しい口調まで柔らかくなった。
「もっと小規模がいいんです。目が届く範囲でないと心配で」
「欲のない子だね」
 小さいときも誰かからそう言われた気がする。
「左利きですか?」
「よくわかるね」
 人を手のうちに入れるのは意外と簡単。

 困ったのはお金ではなく宝石で払いたいと言われた。
「いいですよ」
 目利きに自信があったのではない。人間界だったらたぶん断っていた。でも、ここで長く生きている女将が宝石の処分に困る理由もわからなくもない。美しいものに悪いものが憑いているのを見たことがある。こっちでなら物々交換での生活も成り立つのかもしれない。
「あんたはそうだね、これだ」
 大きな宝石がじゃらじゃら入った小袋から一つ取り出し、私の手中に納めた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」
 最初は性悪だと思っていた。私は人を見る目がないのかもしれない。その石は私を心地よくする。

 もうひとつあった。小さな指輪だった。
「ピンクトルマリン?」
 ピンクの石のついた小さな指輪。ピンキーリングにちょうどいい。
「ピンクルビーじゃない?」
 澪さんが目を凝らす。
「詳しいんですね」
「好きだったけど、全部取られてしまってね。でもいいの。この仕事もでっかい指輪してたら邪魔だろうし」
 それらも一心さんに預かってもらう。向かいの女将の施術をするたびに宝石をもらう。石だけのもの、箱に入っているものもあった。水晶の置物は空気が浄化しそうなので納屋に置くことにした。そんなに大きくもないので盗まれないように珠絵ちゃんに飾る用に座布団を作ってもらう。水晶は独特な多面体。これが自然に作られるのだ。

 清しん亭の女将がうちに出入りすることに大女将はいい顔をしなかった。
「千年近く仲たがいをしているらしいから気にするな」
 と一心さんは言ってくれた。
 意地悪な人って昔からいるのだろうが、自分に利益がないのに意地悪をする人って少ないのではないだろうか。自分のためだけに生きている人が楽しいとも思えない。限度がある。
女将から頂く宝石はきれいすぎて、見ていると心が淀む。人を狂わせるような宝石もあるらしい。
「一心さん、これもしまっておいてください」
「ああ。明日は新月だから」
 そんな理由で長いキスをするのに恋人じゃない。
 お酢のせいで枯れた花が修復しつつある。周りは勝手に私たちの愛の賜物だと決めつける。
 嫌いじゃないけど、そこまで好きでもない。
 創ちゃんに完全にフラれたら一心さんに転びたい。図々しいだろうか。世の中の女の人のほうがもっとずるい気がする。
 うまく進めない。器用でないのだ。
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