地獄門前のお宿で女将修行はじめます

吉沢 月見

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デート その2

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 目が覚めても私たちは時間を持て余すだけ。
 仕事がない。食事をしない。
 することがないだけで、呆ける。
 一心さんもそう。

 お花畑でもあればいいのだけれど。
「人間の世界だったら、草むしりとか無限にやることはあるんですけどね」
 会沢さんの家に行ってみても、
「忙しい」
 と追い返される。
 団子屋にも行けないから、笹っぽい葉でお茶を作る。
「癖になりそうな味」
 しかし、客に出すような代物ではない。
 一心さんもおいしいとは言ってくれなかった。まずいとも言わない。

 絵がうまかったら描くのだろうか。寒かったら編み物をするのだろうか。
 生きているだけだ。
「本でもあればな」
 一心さんは腕を組んで庭を眺めるだけ。
「こういうときでも蕪木さんなら女の人を口説くことを考えるんでしょうか? 凌平くんや料理長なら料理のこと?」
「芯しん亭のリニューアルのことでも考えるかな」
 一心さんが和紙を広げる。
「照明、温水便座、WiFi、あとお風呂。畳が苦手な人もいるから洋室?」
「一気に言うな」
 メモの字がきれい。
「あと娯楽」
「酒があるだろ?」
「子どもは飲めないじゃない」
「ゲームか」
 ふうっと一心さんがため息をつく。
「本とか映画も」
「続きが気になって地獄に行きたくないとごねられたら面倒だ」
 芯しん亭に娯楽がないのには理由があったのだ。
「なるほど」
 短編小説や短編映画はたくさんある。
 夢や希望がないと楽しく生きられないわけではない。目的があって生きている人は少ない。生きているから、だったら楽しいほうがいいと考える人がほとんどなのではないだろうか。
 天寿を全うした人もいれば、事故や事件で亡くなる人もいる。自死も少なくない。当然病気の人もいる。
 苦しみから解放されるのだから、死の間際に死にたくないと願う人は少なくないのかもしれない。
 ああ、いい人生だったと思って地獄に来てしまう人もいるだろう。
「習字はどうでしょう? 年配の人はもちろん若い子でも懐かしいって思うだろうし、心が落ち着く気がします」
 一心さんが筆ペンで書くから、その匂いを懐かしいと感じた。家が神社だから私もずっと習っていた。
「候補にはしよう」
 ちょっと楽しいな。でも私より一心さんがいなくて芯しん亭は大丈夫なのだろうか。
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