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デート その2

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「仕事は順調そうだな」
 一心さんも寝つけないようだ。そもそも、夜なのかだって怪しい。
 この家に時計はない。自分の中の体内時計はあてにならない。食事って時間を認識する役割もあるようだ。
「まだまだです」
 特段、人と関わることは好きではない。天職もわからない。お金のために働く人がほとんどなのだろう。
「一心さんは、楽しそうではないけれど、ずっと芯しん亭で働くの?」
「他に行きようがない」
 生きようにも聞こえた。
「時間とお金があれば自由に生きられる人間の世界とは違いますね」
「向こうだって、好きに生きている人は少ないだろうと思う」
 確かにそうだ。

「あの花が枯れたら、私は婚約者から除外されるのですか?」
「どうだろう?」
 前例がないのだろうか。
「結婚をしてから相手を嫌いになったことは?」
「ケンカはした。でも、二人とも先に死んでしまったから」
 死んだらいい人? と聞こうとして、さすがにやめた。
「どんな理由でケンカ?」
「つまらないことだよ。約束を忘れたとか」
 思わず笑ってしまった。
「最低ですね」
「女の人には約束が重要なんだな」
「女とかではなくて、約束が大事なんです。それを破られると辛い」
「亡くなった妻たちは、辛いとか痛いと言わない人だった」
「苦しいときほど苦しいって言えないものですよね」
 私ですらそうなのだから、愛している人に対してなら尚更。
 甘え合える人がいい。許し合って生きてゆきたい。贅沢な願いだ。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 夢を見たような気がする。ほんわかした、切ない、おいしい夢。こっちではいい夢が食べられてしまうようだ。
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