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デート その2

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「辛気臭い顔しおって」
 閻魔様が邪魔な角度でドアが開閉する車でやって来た。羽ばたく練習をする鳩のようだ。
「これがお迎えってやつですか?」
 私は叫んだ。
「阿呆。乗れ」

 半ば誘拐の如く、私と一心さんは車に乗せられた。スーパーバックで地獄へ。
「閻魔様、どちらへ?」
 一心さんの質問にも無言で、だいぶ走ってから、
「ここで養生せい」
 と広い敷地の家のような場所に捨てられた。
「ここどこです?」
 私の問いかけも無視。ぱしっと閻魔様に門を閉められた。それが、押しても引いても開かない。
「この門、開かない」
 一心さんがやってもピクリともしない。

 車の音が遠ざかる。
「ここ、地獄の中ですよね?」
 凶悪な鬼がたくさんいるのではないだろうか。
「確か、閻魔様の別宅だと思うけど」
 一心さんが言う。敷地の中には小さな家が点在していた。

「あらあら、やっぽー」
 おかしな掛け声をする人がいると思ったら会沢さんだった。
「会沢さん、お久しぶりです」
 知り合いがいただけでほっとする。しかも聞いた話ではこっちのでは人の姿を保っている人間は少ないらしいのに、会沢さんは芯しん亭を出たときと同じ服装。
「お二人さん、どうしたの?」
 小さな家から顔を出し、手招きをしてくれた。
「閻魔様に連れて来られて」
 私は建物に入りたいのに平屋の窓から見下ろすだけ。
「ここに鬼は来ないから大丈夫よ。ちょっと待ってね。左に回って」

 玄関があって、会沢さんはきちんと靴を脱ぐ生活をしていた。
「お茶淹れるね」
 昔の戸建てのアパートみたいな造りで、小さな机にはパソコンがあるから本当に地獄で小説を書いているのだろう。
「ここって会沢さんの家なの?」
 私は聞いた。
「一番きれいだったし、狭くて落ち着くのよ」
 粉のレモンティーをお湯で溶いてくれた。
「いただきます」
 一心さんは猫舌らしくずっとふうっと息を吹きかけた。
「鬼が入り込まない代わりに人間はふらっとやって来るから、そこのお団子屋さんを教えるの。意地の悪いばあさんがやってるんだけど毒を仕込んだり、大きさを調節して窒息させたりして、結局は鬼を呼んで引き取ってもらってる。鬼ババアってあの人のことよ。おかげで創作意欲が湧くわ」
「ここって閻魔様の別宅ですよね?」
 一心さんが聞いた。
「うん。家がいくつもあるんだって? 毎日、占いで帰る家を決めてるとか」
 飄々としていても閻魔様にも悩みがあるのだろうか。通例に則って裁きをくだしているとしても葛藤があるのかもしれない。
 人間らしい生活をしているのは表向きだけで、
「ここにいるとお腹が空かないから何も食べない。泊めてあげたいけど一部屋しかないので無理」
 と言われてしまった。お茶は癖で飲むらしい。
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