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悪気なく悪い男
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挨拶がすむと蕪木さんは、
「それ手伝いますよ」
と布団を運んでくれて、でも目線は珠絵ちゃんのお尻ばかり見ている気がする。
「蕪木さん、仕事して」
意地悪というか目ざとい私は強い口調で言い放った。彼のほうがどう見ても年上。
自分より年上が後輩ということが今までなかった。見た目は若くても珠絵ちゃんは私よりもずっと長く生きているし。大人の世界の常識をまたひとつ受け入れる。そうやって大人になってゆく。
「ああ、すいません。これ干せばいい?」
振り返った蕪木さんの笑顔は太陽みたい。叱る気力を奪われる。
「お願いします」
蕪木さんは心角さんの補佐ということで、厨房から私たちの手伝いまでしてくれた。
数字に強く、計算も速い。人当たりも悪くない。
しかし、なんとなく胡散臭い。優しいのだが、裏がありそう。
「いい人だよ」
と今里ちゃんは澄んだ目で言う。男の人に痛い目に遭わされたわけでもないのに警戒してしまう。
それは私だけではなかった。澪さんも距離を取る。
初めのうちはみんなにいい顔していたが、一週間もしないうちに仕事をサボって納屋のベッドで横になる。やっぱり蕪木さんは調子のいいだけの人。
「蕪木さん、そこで寝ないでください。お客様の場所です」
私が注意しても、
「客なんていないじゃん」
とどいてくれない。
「そうですけど」
最初のお客さんにお金をもらっただけで、あとは知り合いにサービス。
「マッサージか。俺にも手伝えることがあったら言ってくれ」
話しながら腰に手を回すのは蕪木さんの癖みたいなもの。
「はい、はい」
相手にしてはだめだ。
「本当にいい場所だな。俺の好きな匂いがする。俺も資格を取ろうかな。そしたら、あんたの助けになる?」
二言目には女がほろりとくる言葉を発する男。油断ならない。
「私が男の人に弱かったら落ちるのかもしれませんが、私は私の力量でやっていきたいので」
とつっぱねる。
蕪木さんはおじさんだから加齢臭がしそう。消臭スプレーを本人にかけると、
「あははははっ」
と無邪気に笑った。その顔にきゅんとくる女性もいるのだろう。
どれでもなくてよかったと思った瞬間、
「気に入った」
とおでこにキスをされた。
そしてそれを一心さんに見られた。
「あれ、二人って恋仲なんでしたっけ? そういう間に入るの得意なんですよ、俺」
蕪木さんは40歳くらい。眼中にないと言いたかったけれど、一心さんとは婚約者のふりだけ。
訂正をしたくても、先に踵を返したのは一心さんのほうだった。
「長く生きてても子どもだな」
と蕪木さんが言った。
「ここにいたいなら無駄な争いは控えてください」
私は言った。
「嫌いなんだよね、穏便にとか」
と口にしながら、もう私の手首に唇を這わる。
「色欲は罪ですよ」
「そうなの? 恋愛ほど楽しいことってないと思うけど」
「わかえりあえないようですね」
私だって男の人の扱いに慣れているわけではない。でもここにいていいのはお客様だけだ。
こういうとき蕪木さんのような男は女に反論しないということだけは学んだ。彼がいなくなったからベッドの上のタオルを交換する。
自分だけの空間を望んではいけないのだろうか。
マッサージの客が来ないのは宣伝が足りないせいだと思う。蕪木さんを追いだしておいて私がうとうとしてしまい、ブランケットがかかっていた。誰だろう。
おかげで風邪をひかずにすんだ。
「それ手伝いますよ」
と布団を運んでくれて、でも目線は珠絵ちゃんのお尻ばかり見ている気がする。
「蕪木さん、仕事して」
意地悪というか目ざとい私は強い口調で言い放った。彼のほうがどう見ても年上。
自分より年上が後輩ということが今までなかった。見た目は若くても珠絵ちゃんは私よりもずっと長く生きているし。大人の世界の常識をまたひとつ受け入れる。そうやって大人になってゆく。
「ああ、すいません。これ干せばいい?」
振り返った蕪木さんの笑顔は太陽みたい。叱る気力を奪われる。
「お願いします」
蕪木さんは心角さんの補佐ということで、厨房から私たちの手伝いまでしてくれた。
数字に強く、計算も速い。人当たりも悪くない。
しかし、なんとなく胡散臭い。優しいのだが、裏がありそう。
「いい人だよ」
と今里ちゃんは澄んだ目で言う。男の人に痛い目に遭わされたわけでもないのに警戒してしまう。
それは私だけではなかった。澪さんも距離を取る。
初めのうちはみんなにいい顔していたが、一週間もしないうちに仕事をサボって納屋のベッドで横になる。やっぱり蕪木さんは調子のいいだけの人。
「蕪木さん、そこで寝ないでください。お客様の場所です」
私が注意しても、
「客なんていないじゃん」
とどいてくれない。
「そうですけど」
最初のお客さんにお金をもらっただけで、あとは知り合いにサービス。
「マッサージか。俺にも手伝えることがあったら言ってくれ」
話しながら腰に手を回すのは蕪木さんの癖みたいなもの。
「はい、はい」
相手にしてはだめだ。
「本当にいい場所だな。俺の好きな匂いがする。俺も資格を取ろうかな。そしたら、あんたの助けになる?」
二言目には女がほろりとくる言葉を発する男。油断ならない。
「私が男の人に弱かったら落ちるのかもしれませんが、私は私の力量でやっていきたいので」
とつっぱねる。
蕪木さんはおじさんだから加齢臭がしそう。消臭スプレーを本人にかけると、
「あははははっ」
と無邪気に笑った。その顔にきゅんとくる女性もいるのだろう。
どれでもなくてよかったと思った瞬間、
「気に入った」
とおでこにキスをされた。
そしてそれを一心さんに見られた。
「あれ、二人って恋仲なんでしたっけ? そういう間に入るの得意なんですよ、俺」
蕪木さんは40歳くらい。眼中にないと言いたかったけれど、一心さんとは婚約者のふりだけ。
訂正をしたくても、先に踵を返したのは一心さんのほうだった。
「長く生きてても子どもだな」
と蕪木さんが言った。
「ここにいたいなら無駄な争いは控えてください」
私は言った。
「嫌いなんだよね、穏便にとか」
と口にしながら、もう私の手首に唇を這わる。
「色欲は罪ですよ」
「そうなの? 恋愛ほど楽しいことってないと思うけど」
「わかえりあえないようですね」
私だって男の人の扱いに慣れているわけではない。でもここにいていいのはお客様だけだ。
こういうとき蕪木さんのような男は女に反論しないということだけは学んだ。彼がいなくなったからベッドの上のタオルを交換する。
自分だけの空間を望んではいけないのだろうか。
マッサージの客が来ないのは宣伝が足りないせいだと思う。蕪木さんを追いだしておいて私がうとうとしてしまい、ブランケットがかかっていた。誰だろう。
おかげで風邪をひかずにすんだ。
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