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悪気なく悪い男
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今里ちゃんの教育係は珠絵ちゃんがしてくれているので、私は空き時間に自分の店の開店準備。キッチン道具が揃うには時間がかかるからまずはマッサージ店。あっちの世界に戻れるのかこっちに居座るのかわからないが、とりあえずはこの腕で稼ごう。現世は資格とか営業許可とか必要だが、こっちでは芯しん亭の一角でできるのでとても楽。でも向こうと違って客は死者か鬼のみ。
「どんなメニューがいいんだろう?」
比較をしたくてもこっちにマッサージ店はない。まずはアロママッサージにしようか。普通のマッサージでは圧倒的に私の知識不足。
澪さんだけでなく鬼にも実験台になってもらいたい。力加減が違うことだろう。特別扱いとは違う。決断することが人間にはたくさんある。相場を知りたいし、もしかしたら触ってはいけない急所があって怒らせてしまう場合もあるだろう。人間だって人によるのだから鬼だって。話したほうがいいとか静かがいいとかその人による。恨まれたくない。人に嫌なことをしても地獄行き。そもそも地獄の手前にいるのだから関係ないだろうか。
参考にしたくて一心さんからタブレットを借りる。あっちの情報を基本とする。40分5800円、75分ヘッドマッサージつき9100円。
「そうだ、時計を買わなくちゃ」
私の世界に戻ったときに充電器さえ持ってきたら、スマホをタイマー代わりに使えた。早くこっちに帰りたいと思ったのは姉と創ちゃんが一緒にいるのを見たからだろうか。他に理由があるのだろうか。
だめだ、胸が痛い。今は時計のことを考えよう。
「心角さん、時計屋さんに行くのでついてきてくれませんか? 私、その、石上さんにぼったくられそうで」
無駄な出費は控えたい。ホームセンターでいいのに、こっちにはないのだ。昔の商店のような小さなお店しかない。
「申し訳ありません。今日は業務が立て込んでおりまして。どうぞ、一心様とお出かけください」
心角さんが秒で一心さんを連れてきて、ぽいっとそのまま私たちは外に出されてしまった。
「一心さんだって忙しいですよね」
「今日は客も少ないし」
一心さんの声が小さいから近くに寄らざるをえない。外見はいいけれど、この人を好きになった奥さんたちはどこを愛したのだろう。
顔がいいとかお金持ちとかそんな理由で人を愛する人は少ない。
「一心さんの好きな奥方様ってどんな方だったんですか?」
私は聞いた。
「なぜ、そのようなことを聞く?」
「だって、一心さんが話してあげないと他に彼女たちのことを話す人はもういないんでしょう?」
「確かに、そうだな」
一心さんは最初の奥さんのことを話してくれた。ウタさんといって三味線が上手だったこと、着物が似合っていたこと。でも病気がちで40を前に亡くなってしまったそうだ。だから次の奥さんの咲子さんは大事に大事に子どものときから育てたらしい。
「気持ち悪っ」
と私は言ってしまった。
「今となっては自分でもそう思う。大女将が幼子を連れて来ては花が咲くか確かめて、それから成長を見守って娶った」
「私と違って、最初から妻になる覚悟ができていたのでしょうか?」
からんと一心さんの下駄が止まった。髪の艶やかな女性で、当時の人としては長生きだったが、一心さんにとってはやはり短い。
「わからん」
と少し寂しそうな顔で一心さんは答えた。
「どんなメニューがいいんだろう?」
比較をしたくてもこっちにマッサージ店はない。まずはアロママッサージにしようか。普通のマッサージでは圧倒的に私の知識不足。
澪さんだけでなく鬼にも実験台になってもらいたい。力加減が違うことだろう。特別扱いとは違う。決断することが人間にはたくさんある。相場を知りたいし、もしかしたら触ってはいけない急所があって怒らせてしまう場合もあるだろう。人間だって人によるのだから鬼だって。話したほうがいいとか静かがいいとかその人による。恨まれたくない。人に嫌なことをしても地獄行き。そもそも地獄の手前にいるのだから関係ないだろうか。
参考にしたくて一心さんからタブレットを借りる。あっちの情報を基本とする。40分5800円、75分ヘッドマッサージつき9100円。
「そうだ、時計を買わなくちゃ」
私の世界に戻ったときに充電器さえ持ってきたら、スマホをタイマー代わりに使えた。早くこっちに帰りたいと思ったのは姉と創ちゃんが一緒にいるのを見たからだろうか。他に理由があるのだろうか。
だめだ、胸が痛い。今は時計のことを考えよう。
「心角さん、時計屋さんに行くのでついてきてくれませんか? 私、その、石上さんにぼったくられそうで」
無駄な出費は控えたい。ホームセンターでいいのに、こっちにはないのだ。昔の商店のような小さなお店しかない。
「申し訳ありません。今日は業務が立て込んでおりまして。どうぞ、一心様とお出かけください」
心角さんが秒で一心さんを連れてきて、ぽいっとそのまま私たちは外に出されてしまった。
「一心さんだって忙しいですよね」
「今日は客も少ないし」
一心さんの声が小さいから近くに寄らざるをえない。外見はいいけれど、この人を好きになった奥さんたちはどこを愛したのだろう。
顔がいいとかお金持ちとかそんな理由で人を愛する人は少ない。
「一心さんの好きな奥方様ってどんな方だったんですか?」
私は聞いた。
「なぜ、そのようなことを聞く?」
「だって、一心さんが話してあげないと他に彼女たちのことを話す人はもういないんでしょう?」
「確かに、そうだな」
一心さんは最初の奥さんのことを話してくれた。ウタさんといって三味線が上手だったこと、着物が似合っていたこと。でも病気がちで40を前に亡くなってしまったそうだ。だから次の奥さんの咲子さんは大事に大事に子どものときから育てたらしい。
「気持ち悪っ」
と私は言ってしまった。
「今となっては自分でもそう思う。大女将が幼子を連れて来ては花が咲くか確かめて、それから成長を見守って娶った」
「私と違って、最初から妻になる覚悟ができていたのでしょうか?」
からんと一心さんの下駄が止まった。髪の艶やかな女性で、当時の人としては長生きだったが、一心さんにとってはやはり短い。
「わからん」
と少し寂しそうな顔で一心さんは答えた。
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