上 下
49 / 99
悪気なく悪い男

48

しおりを挟む
 考えないようにしているわけではないけれど、私と一心さんは表向き婚約者。キスもしている。気持ちのないものだけれど。
 悪い人じゃないが、人じゃない人との恋愛を想像もしたことがないからなぁ。そんなことを考えながら仕事をしては手が疎かになる。だからやっぱり考えない。
「瑠莉ちゃん、表に水撒いて」
 と麻美さんに頼まれる。
「はーい」

 埃が舞うから、或いは暑いから水を撒くのだと思っていたけれど、もしかして浄化の意味もあるかもしれない。門の向こうは地獄だ。門前である芯しん亭にだって怨念が流れてくる。悪い気ばかりが漂っているからせめて水でほんの少しでもきれいな空気がひろがるように。水を撒いていたら悲鳴が聞こえた。
 いつかそういう場面を見ることも想定していたが、まだ昼の時間に殺人現場を目の当たりするとは。
「やめてくれぇ」
 門から芯しん亭を過ぎたあたりで鬼が脱走した人を捕らえ丸い石で惨殺していた。地獄では当たり前の行為なのだろう。
私は目を背けたが、みんな冷ややかな視線。ちょっと面白がっている鬼さえいた。うちの仲居さんも騒動を聞きつけ顔を出した。
 そりゃそうだ。扉の向こうの地獄ではこれが常。あの人も顔の形が変わってももう死んでいるから辛い痛みをループ。
「お騒がせしました」
 頭を持って、ぐちゃぐちゃになった肉片はそのまま。魂は頭に宿るらしいから首から上だけ持ってゆくのだろう。残った血肉は滅多に雨は降らないのだから行き交う人の靴の裏に少しずつこびりついて消えるのを待つしかない。
「いいもの見た」
「ああ。最近なかったからな」
「すっきりする」
 と言う人もいる。鬼なのかもしれない。人間が鬼になるのが正規ルート。鬼と鬼の子どもは生まれながらに鬼となるのだろう。
 芯しん亭からは私たち人間が、向かいの清しん亭からは鬼が野次馬に出て、一連の動きを眺めていた。清しん亭には人間よりも鬼のほうが働いているほうが多いようだ。力もあるし、睡眠時間も短くてすむ。そう思うと自分が弱く思える。非力だし、心も狭い。
 働くことに適してはいるがトラブルも多いようだった。
私はなんとなくその肉片に水をかけたが、こういうときは能力が発揮されず消えたりしない。

「さぁ、仕事に戻ろう」
 麻美さんに手を引かれ、芯しん亭に戻ってお風呂掃除。
「急がないとお客様が来ちゃうわ」
 浴場は男湯と女湯のみ。従業員用は別にあるが、こういう世の中なので小さな一人用のお風呂を作ろうとしている。性別のことのみならず肌を見せることに抵抗がある人もいるだろう。誰もが泊れる宿を大女将は目指している。大女将は時計が好きだ。腕時計にからくり時計。お金はかんざしと時計の修理に注がれているように見える。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

天乃ジャック先生は放課後あやかしポリス

純鈍
キャラ文芸
誰かの過去、または未来を見ることが出来る主人公、新海はクラスメイトにいじめられ、家には誰もいない独りぼっちの中学生。ある日、彼は登校中に誰かの未来を見る。その映像は、金髪碧眼の新しい教師が自分のクラスにやってくる、というものだった。実際に学校に行ってみると、本当にその教師がクラスにやってきて、彼は他人の心が見えるとクラス皆の前で言う。その教師の名は天乃ジャック、どうやら、この先生には教師以外の顔があるようで……? 

久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚

山岸マロニィ
キャラ文芸
  ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼       第伍話 連載中    【持病悪化のため休載】   ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ モダンガールを目指して上京した椎葉桜子が勤めだした仕事先は、奇妙な探偵社。 浮世離れした美貌の探偵・犬神零と、式神を使う生意気な居候・ハルアキと共に、不可解な事件の解決に奔走する。 ◤ 大正 × 妖 × ミステリー ◢ 大正ロマン溢れる帝都・東京の裏通りを舞台に、冒険活劇が幕を開ける! 【シリーズ詳細】 第壱話――扉(書籍・レンタルに収録) 第弐話――鴉揚羽(書籍・レンタルに収録) 第参話――九十九ノ段(完結・公開中) 第肆話――壺(完結・公開中) 第伍話――箪笥(連載準備中) 番外編・百合御殿ノ三姉妹(完結・別ページにて公開中) ※各話とも、単独でお楽しみ頂ける内容となっております。 【第4回 キャラ文芸大賞】 旧タイトル『犬神心霊探偵社 第壱話【扉】』が、奨励賞に選ばれました。 【備考(第壱話――扉)】 初稿  2010年 ブログ及びHPにて別名義で掲載 改稿① 2015年 小説家になろうにて別名義で掲載 改稿② 2020年 ノベルデイズ、ノベルアップ+にて掲載  ※以上、現在は公開しておりません。 改稿③ 2021年 第4回 キャラ文芸大賞 奨励賞に選出 改稿④ 2021年 改稿⑤ 2022年 書籍化

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

神様の住まう街

あさの紅茶
キャラ文芸
花屋で働く望月葵《もちづきあおい》。 彼氏との久しぶりのデートでケンカをして、山奥に置き去りにされてしまった。 真っ暗で行き場をなくした葵の前に、神社が現れ…… 葵と神様の、ちょっと不思議で優しい出会いのお話です。ゆっくりと時間をかけて、いろんな神様に出会っていきます。そしてついに、葵の他にも神様が見える人と出会い―― ※日本神話の神様と似たようなお名前が出てきますが、まったく関係ありません。お名前お借りしたりもじったりしております。神様ありがとうございます。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り
キャラ文芸
物心が付く前に両親を亡くした『秋風 花梨』は、過度な食べ歩きにより全財産が底を尽き、途方に暮れていた。 そんな中、とある小柄な老人と出会い、温泉旅館で働かないかと勧められる。 怪しく思うも、温泉旅館のご飯がタダで食べられると知るや否や、花梨は快諾をしてしまう。 そして、その小柄な老人に着いて行くと――― 着いた先は、妖怪しかいない永遠の秋に囲まれた温泉街であった。 そこで花梨は仕事の手伝いをしつつ、人間味のある妖怪達と仲良く過ごしていく。 ほんの少しずれた日常を、あなたにも。

処理中です...