地獄門前のお宿で女将修行はじめます

吉沢 月見

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悪気なく悪い男

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 考えないようにしているわけではないけれど、私と一心さんは表向き婚約者。キスもしている。気持ちのないものだけれど。
 悪い人じゃないが、人じゃない人との恋愛を想像もしたことがないからなぁ。そんなことを考えながら仕事をしては手が疎かになる。だからやっぱり考えない。
「瑠莉ちゃん、表に水撒いて」
 と麻美さんに頼まれる。
「はーい」

 埃が舞うから、或いは暑いから水を撒くのだと思っていたけれど、もしかして浄化の意味もあるかもしれない。門の向こうは地獄だ。門前である芯しん亭にだって怨念が流れてくる。悪い気ばかりが漂っているからせめて水でほんの少しでもきれいな空気がひろがるように。水を撒いていたら悲鳴が聞こえた。
 いつかそういう場面を見ることも想定していたが、まだ昼の時間に殺人現場を目の当たりするとは。
「やめてくれぇ」
 門から芯しん亭を過ぎたあたりで鬼が脱走した人を捕らえ丸い石で惨殺していた。地獄では当たり前の行為なのだろう。
私は目を背けたが、みんな冷ややかな視線。ちょっと面白がっている鬼さえいた。うちの仲居さんも騒動を聞きつけ顔を出した。
 そりゃそうだ。扉の向こうの地獄ではこれが常。あの人も顔の形が変わってももう死んでいるから辛い痛みをループ。
「お騒がせしました」
 頭を持って、ぐちゃぐちゃになった肉片はそのまま。魂は頭に宿るらしいから首から上だけ持ってゆくのだろう。残った血肉は滅多に雨は降らないのだから行き交う人の靴の裏に少しずつこびりついて消えるのを待つしかない。
「いいもの見た」
「ああ。最近なかったからな」
「すっきりする」
 と言う人もいる。鬼なのかもしれない。人間が鬼になるのが正規ルート。鬼と鬼の子どもは生まれながらに鬼となるのだろう。
 芯しん亭からは私たち人間が、向かいの清しん亭からは鬼が野次馬に出て、一連の動きを眺めていた。清しん亭には人間よりも鬼のほうが働いているほうが多いようだ。力もあるし、睡眠時間も短くてすむ。そう思うと自分が弱く思える。非力だし、心も狭い。
 働くことに適してはいるがトラブルも多いようだった。
私はなんとなくその肉片に水をかけたが、こういうときは能力が発揮されず消えたりしない。

「さぁ、仕事に戻ろう」
 麻美さんに手を引かれ、芯しん亭に戻ってお風呂掃除。
「急がないとお客様が来ちゃうわ」
 浴場は男湯と女湯のみ。従業員用は別にあるが、こういう世の中なので小さな一人用のお風呂を作ろうとしている。性別のことのみならず肌を見せることに抵抗がある人もいるだろう。誰もが泊れる宿を大女将は目指している。大女将は時計が好きだ。腕時計にからくり時計。お金はかんざしと時計の修理に注がれているように見える。
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