地獄門前のお宿で女将修行はじめます

吉沢 月見

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閻魔様からのデートの申し込み

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 そんなことを考えていたら芯しん亭の前に着いていた。
「娘よ、良きデートだった。またな」
 車から降ろしてもらう。
「はい。ありがとうございました」
 ん? デートだったの?

 買ってきたものを心角さんが部屋と納屋に運んでくれる。
「オーブンだ」
 と凌平くんが声を上げる。
「一人で運べる?」
 たぶん買ってきたものの中で一番重い。
「私が」
 運転手さんや心角さんは鬼だから、腕は細くても力持ち。
「他にもあるのよ。ちょっと待っててね」
 まずは部屋で分類する。これは料理場、こっちは自分のもの。これはみんなで使うもの。
「楽しかったですか?」
 心角さんが聞く。
「ええ。見てください」
 私はランタンの明かりをつけた。
「素敵ですね。雪洞も好きですが」
「蝋燭じゃないので安全ですよ」
「いいですね」
 心角さんがなにか言いかけて口を閉じた。
「心角さん、なんですか?」
「いいえ」
「そうですか。じゃあ一心さんにお土産を買ってきたので渡してきますね」
「はい、いってらっしゃい」
 一心さんの部屋で咲いている花によく似た花柄のタオルがあったので、一心さんにお土産。

「失礼します。お仕事中ですか?」
「大丈夫だ」
 一心さんの部屋には私が子どものときに使っていたような学習机がある。
「お土産です。まだ花は外ですか?」
「ああ」
「じゃあ、あとで私が片づけます」
「久々の人間界はどうだった? てっきりそのまま逃げるかと…」
 そうか。心角さんもそれを心配していたのか。
「まだ修行中ですから」
 一心さんが寂しそうな顔をするからキスをしたわけじゃない。
 このせいで、益々私の力が強くなっている気もする。自分の力が判明したとき、私はそれを受け入れることができるのだろうか。
「では、失礼します」
 これは業務みたいなもの。一心さんに利点があるとは思えないけど。むしろ、前の奥さんのことを思い出して寂しい気持ちになるんじゃないだろうか。罪悪感だけは抱かないでください。
 一心さんの部屋を出て、ふうっと息を吐く。いつまでドキドキするのだろう。キスに慣れる人などいるのだろうか。
 花を片づけ、納屋の整理。明かりさえあれば夜にもやれることはある。時間の経過はゆったりしている。
鬼と罪を償う人間が暮らす場所。ここで生活をしている人がいるから私もここを嫌いになれない。
寒いからお風呂に入る。

 せっかくあっちに戻ったのだから、実家に顔を出せばよかっただろうか。そのために閻魔様は私の家の近くを選んでくれたのだろう。地獄までのルートは幾つもあるようだった。
 家族と話せば、きっとうしろ髪を引かれる。
 大切な人間がいるから、私は自分の力をコントロールできようになりたい。力を失ってもいいとさえ思う。誰かに与えることはできないのだろうか。例えば、もっと力を欲する一心さんに。
「私も行けばよかった」
 と言ったのは今里ちゃんだけだった。珠絵ちゃんや澪さんは現世が気にならないのだろうか。ここでの仕事を終えたら生まれ変わるから関係ないと思っているのだろうか。この厄介な力はなしで、またあの家族の一員でありたいな。
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