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気まずい関係

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 そして、いつもよりも広いお風呂に入る。
 念願だったのに、体が軽いようで重たい。私の力も月に関係あるのだろうか。
「お疲れさまです。こっちのお風呂、初めてです。広っ」
 と今里ちゃんが湯船に入ってきた。じゃぶじゃぶ動くから波紋がすごい。
「お疲れさま。珠絵ちゃんは?」
 いつも二人は一緒だ。
「お風呂は嫌がるんですよ。珠絵ちゃん、自分のこと足が短いとか寸胴って思い込んでるみたいで」
「多少はあるのかもね」
 身長や平均寿命はぐっと伸びた。
「珠絵ちゃんのほうが動きがきれい。すり足真似たら転びそうになるし」
「慣れよ」
 私は言った。
「畳の縁踏んで今日も澪さんに叱られた。あの人、マジ怖い」
「陰険なことをする人よりはいいでしょ? 澪さんはずっとここにいて、新入りのときはいびられて、つねられたり蹴られたり、日常茶飯事だったらしいわよ」
 文子さんもそれに加担していたのだろうか。だから文子さんがいなくなっても私を責めなかったのだろうか。いじめられた記憶も消してあげたい。
「私だったらやり返すけど」
 それは今里ちゃんが強い人だからだ。子どもだからとか、ここにいないと生きられないから、耐えるしかなかったのだろう。
 今里ちゃんの腕にはまだ数字がない。閻魔様がお忙しいから後回しにしてくれているのだろう。保留にできるなら、それも解決法のひとつ。

 次の朝、都村さんが庭で花を見ていると先輩が迎えに来てくれた。
「一緒に行くほうが一人よりは怖くないかと思って」
 都村さんは嬉しそうに肩を震わせた。
 二人はしばらく花を見ていた。
 二人を見送って、わかったことがある。どうやって生きていいのかわかっている人なんていない。生かされているとかって、それも考え方によるのだろう。
 どうせ死ぬのだから好き勝手に生きればいい、天国に行くから悪いことはしない。全部、その人に決定権がある。
 叶わない恋はどこへ行っても変わらないだろう。だけれど、生まれ変わったら変わるかもしれない。ずっと、ずうっと先のこと。しかし、望みがあるから苦痛に耐えられる場合もある。
 花は今日も枯れない。きれいに咲いている。

 今夜もキスするのかな。キスというか唾液を舐めるあの行為って人間界ではなににあたるのだろう。何とか回避する方法を考えたいけれど、キスくらいでこの力が消えたり掌握できるなら簡単でいい。ただ、一心さんの顔を見ると気まずいんだよな。
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