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気まずい関係

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「よいしょ」
 いつも通り花を持って、縁側に置いた。鉢を置いていた台の周辺にゴミが集まっていたので心角さんと片づける。
「聞きましたよ。一心様が口吸いをしたら瑠莉様が怒っていたようだと」
「えっ?」
 なんでそんなこと話しちゃうんだろう。
「瑠莉様の力はあなたが思っている以上に強大です。ですから一心様の唾液を舐めることで制御できるようになるのではと大女将に伝えたのは私です。叱るなら私を」
「そんなことって…」
「あります。たぶん、私の唾液を舐めたら瑠莉様の体からは全身の血が噴き出るでしょう」
 真顔で怖いことを言う。心角さんがこのところ芯しん亭を留守にしていたのは私のことを調べてくれていたのかもしれない。
「一心さんは半分人間で力も弱いから?」
 ワクチンを打って抗体を作るようなものだろうか。
「そうです。弱い毒を徐々に取り入れて体に慣らすようなものです」
「一心さんは今どこに?」
 謝らなくちゃ。っていうか、最初からそう言ってよ。
「ふてくされて飲みに行きました」
 今頃きっと、女の鬼に囲まれているのだろう。力でねじ伏せられることはないのだろうか。
「そうですか」
「ふふっ。嘘です。今夜は一心様は出かけられない日なので」
 どういうことだろう。

「きれい」
 都村さんが来て、しゃがんでまじまじと花を見ていた。都村さんの先輩への気持ちだってきれいなはず。
「明日も飾りますから」
 と心角さんが言った。花の展示は大女将が決めた一時間きっかり。
「はい。地獄へ行く前にもう一度見たいです」
 好きな人が死んだから自分も死ぬって、それを浅はかだと思う人もいるだろうし、美談にする人もいるのだろう。あっちでも、こっちでも。
 自分が他者に相談できなかった身だから都村さんの気持ちがわかるとは言い難い。が、自分で決めたことが正しいと自分くらい思っていいじゃない。
 そうだ。ここへ来たのも私の意思。怖かったから。目を閉じていても何かが動く気配がした。学校に一人くらいは同じ境遇の人がいて、腕や親指を見て、お互いに大変ねと思ったりした。
 でも仲良くなるのはそういう人たちでもなく、私は同じ分野で悩む人とも同類にはなれなかった。自分のことがわからないのに人のことを助けることは無理だし、意識の強い人は面倒だ。嫌な感情に覆われたら、また繰り返し。
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