地獄門前のお宿で女将修行はじめます

吉沢 月見

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気まずい関係

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 部屋を出たら一心さんがいた。
「馬鹿者。お前は表向き俺の婚約者だぞ。好きな男の話をしてどうする?」
 と一喝される。
「盗み聞きですか? よくないですよ」
「誰かに聞かれたらどうするんだ?」
 確かにそう。
「軽率でした。でも彼が本当のことを話してくれているのに嘘はつけません」
 私の正論に一心さんはため息だけ返した。そしておもむろに、キスをした。
「へ? やだ、なんですか急に」
「そなたの力を強くするために、こうしてみてはと大女将に言われた」
 なにそれ? そんな理由で人の唇を奪っていいと思ってるの? こいつ絶対地獄行き、ってもうここ地獄の門前だった。
「これから毎日するぞ」
「い、いやです」
 一心さんの言葉も聞かず、それだけ言い放って調理場に戻ってきてしまった。
 やだ、感触が残ってる。

 食事の時間を終えて下膳してきた澪さんも私と同時に大きなため息。
「弐の間の都村さん、半分も食べてくれません」
 料理長は仕方がないという顔。
「少食なのでは? 気が弱いのか死んだことに驚いて食べられない人もたまにいるよな」
 と鬼の料理人も気にする。
凌平くん含め、他の人間だった人たちにはちょっと怒りに近い感情が見て取れた。丹精込めて作ったものを食べてもらいたいという悔しさを含んでいる。
 ぞわっとした。そう、それは私が嫌なものを闇に消してしまう力に似ていた。空気の問題なのだろうか。嫌な気持ちが闇を引っ張ってきてしまうのだろうか。
 闇はまた地獄とも違う場所のようだ。それこそ異次元? 花を片づけるために裏庭に出て、そんなことを考えた。月は見えない。雲っぽいものは靄なのだろうか。
 地獄の空の向こうが地上? その上に天国はあるの? 現世はどうなっているだろう。大きな事故や天災で人が亡くなるとこっちに来る人が増えて知ることもあるし、一日遅れで新聞も届く。お葬式後にこっちに来るから亡くなってから数日経っている人がほとんどだ。

 ここの住民であっちの世の中に興味がある人は少ない。もう存命の知り合いがいなくなると無関係になるのだろう。大女将はお金儲けに抜け目ないから世情を気にする。
 うちの家族は元気だろうか。
「帰りたくなりましたか?」
 心角さんが聞いて来た。
「そうですね。一人暮らしをしたことがないので家族が恋しいです」
 両親は普通の人たち。母はちょっとお節介で、父はお婿さん。母には霊力もなければ信仰心も薄い。祖父の仕事の手伝いや行事などは業務として行うだけ。顔もなぜだか姉だけ上品。
 まだこっちにきて3週間ほどだが、私は髪が伸びるのが早いので手先の器用な姉にすいてもらいたい。
 姉に髪を切られるのは好きなのに、産んでくれた母にさえ触れられのは嫌で、つくづく面倒な性質だなと自分でも思う。
 それなのに付き合ってもない人とキスって。
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