地獄門前のお宿で女将修行はじめます

吉沢 月見

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気まずい関係

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 客前には出られなくても布団を敷いたり、調理場を手伝ったりすることはたくさんある。
「今里ちゃんが来てくれてよかった」
 と言ったのは珠絵ちゃんだった。敢えて今里ちゃんがいないときに発したから本音なのだろう。
「どうして?」
「口はちょっと悪いけど、私みたいに悪い子じゃないよ」
 珠絵ちゃんは見た目の通りぽやんとしているが、ここにいるのだから悪い子なのだろうか。
「珠絵ちゃんは親が強盗犯で、その金で悠々自適な生活をしていたから地獄行きになったそうだ」
 と心角さんから聞かされる。
「そうでしたか」
 それって珠絵ちゃんが悪いのかな。今で言うところの親ガチャのせい。
「今里さんも似たようなもので、彼女は悪くないのですが…」
 心角さんが口ごもったのには理由があった。今里ちゃんは、親と心中をしたらしい。しかも年の離れた妹や弟を施設に預けてから。
「それなら今里ちゃんだって…」
 親ならば子どもに生きてほしいと願うはず。
「今里さんは高校を卒業していたのでもう施設には入れず、身勝手な親と一緒に道ずれに」
「ひどい話」
「昔はよくあったんです。小さな子どもだけ訳も分からないまま間引きされたり」
 心角さんは表情を変えずに言った。
「時代が違います」
 ほんの100年ちょっと前のことなのだろう。物資などが裕福になっても心が貧しいままの人は少なくない。心の育て方なんて、私だって習った記憶がない。普通の、当たり前の生活で培われるものなのだろう。自分が大事でなければ他人を大切になんて思えるはずがない。

 二人は相性がいいようで、珠絵ちゃんとペアを組んで今里ちゃんはきちんと仕事をこなしているようだった。私も知らないところで誰かが補ってくれていたのだろう。誰もわかってくれないと卑屈にならないでもっと発信すればよかった。でも、なぜかオカルトや宗教括りにされる。嘘つき呼ばわりも辛い。私は、例えば今のように普通に生きたいだけ。地獄のほうが生きやすいなんてやっぱりマイノリティ?
「これで休みが取れる」
 と麻美さんは上機嫌。
 仲居の仕事は中休みを取ってもしんどい。人間の世界だったら労基問題レベルだった。文句を言っても大女将は記憶をうやむやにできる。恐ろしい人だ。
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