地獄門前のお宿で女将修行はじめます

吉沢 月見

文字の大きさ
上 下
35 / 99
気まずい関係

34

しおりを挟む
 スマホは圏外のままだが、太陽の動きも不明なため、時計の重要度が高い。芯しん亭のいたるところに時計がある。地獄へ行く人を見送るため、門が開くわずかな時間を疎かにできない。
 あっちはどうなっているだろう。うちの家族はおじいちゃんに説き伏せられたのだろうが、娘が地獄に行くことを普通は止めるだろう。父はうっすら私の力に気づいているのかもしれない。
『なんとかやってます』
 たまに手紙を書いた。一心さんのタブレットやパソコンを借りればメールもできるだろうが、なんとなくここは時間の流れが昔っぽいから。亡くなる人は当然、高齢の方が多い。そういう人たちと話していると古臭いことも悪くないって思う。家族に手紙を書くなんて、人生で初めてだ。

 忙しく働いていたある日、心角さんが女の子を連れて戻ってきた。
「新しい仲居見習いです。よろしくお願いします」
 今里ちゃんは18歳で珠絵ちゃんと同じ年ということになるが、育ってきた時代のせいなのか所作が雑過ぎて、澪さんに怒られてばかりいた。
「障子なんてうちにはなかったもん。開け方なんて知らなくて当然じゃん」
 口の利き方も習っていないよう。
「だからって、濡れた手で触ったら穴が開くことくらいわかるでしょ?」
「わかりません」
 現代の若者らしく、はっきり喋るうえに相手の気持ちを汲むことはしない。
「だいたいいつになったら自分で帯が巻けるようになるん? こんな子初めてやわ」
 麻美さんまで。しかもきっと小説か何かに影響されて関西弁。いや、京都弁のイントネーションだろうか。
「私、新人類? やったぁ」
 麻美さんの嫌味を褒められたと勘違いできる今里ちゃんはすごい。
「澪さん、ここは私が…」
 どれだけ言っても澪さんの怒りのボルテージが上がるだけ。
「助けてくれてサンキュー。あのおばさん、いっつも怒ってる」
「澪さんは怒ってはいませんし、私も助け船を出したつもりはありません。いいですか? お客様の部屋への出入りの際の動きを私がしますので、よく見ていてください。まず廊下に座ります。少し開けてから戸を引きます」
「それ必要? 一気に開けたほうが楽じゃん」
 今里さんの言葉は聞かないことにした。
「頭を下げて、部屋に入ります。このとき、お膳を持っていたら必ずそれを先に」
「畳に置いちゃうの? 汚くない?」
 常識があるのかないのか。
「部屋に入ったら戸のほうを向いて閉めます」
「お客さんに背を向けるの失礼じゃない?」
 もう、本当にうるさい。
「立ち上がるときは、こう。膳を持ってから立ち上がります。はい、やって」
 私は部屋から出るまでを教えた。その動きを繰り返させる。
 それが終わったら着物のきつけ。
「動きづらい」
 今里ちゃんは知らないだけ。だが、ここで働くのであれば身につけなければならない。
「大股で歩くとすぐに着くずれますよ」
「着物きついー」
 どんなに注意をしても今里ちゃんの言動は変わらない。かわいそうって思うことにした。そうしなければこっちのメンタルが持たない。
 お客さんの前に出るのは避けて、まずは掃除や洗濯からお願いする。
「洗濯機は?」
 それは私も思っていた。
「そういえばありませんね。洗濯板を使ってください」
「そんなぁ」
 地獄のいいところは寒くないし、その暑さもこのあたりはもわっとしていない。今里ちゃんは洗濯が好きみたいだ。ガサツながらも嫌がることなくこなした。汚い洗濯物が少ないせいもあるのだろう。泊り客の多くは明日から地獄に行く人だから十分な睡眠をとる。死んでいる人からは今更死臭はしない。
 自分の物は自分で洗うことになっているのに私の下着まで洗おうとするから、
「それはやめて」
 ときちんと伝えれば理解してくれる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

後宮の眠り姫~明晰夢を駆使して事件を事前に解決する少女の物語~

荒井竜馬
キャラ文芸
華輝の国にはとある噂があった。  その噂は夢の中で未来を予知し、その街に降りかかる問題を解決する少女がいるというものだった。  やがて、その噂は皇帝の耳にまで届き、少女はその能力を買われて後宮に招かれることになる。  そして、夢を駆使して事件を解決する少女は、いつしか『後宮の眠り姫』と呼ばれるようになるのだった。  ただ惰眠を貪っていただけの商家の娘が後宮で成り上がるとは、誰も想像できなかっただろう。  それは、きっと噂の本人である桟春鈴(サンシュンリン)も例外ではない。 夢見る少女は、事件を解決する。夢と現実を行き来する少し変わったミステリー

TAKAMURA 小野篁伝

大隅 スミヲ
キャラ文芸
《あらすじ》 時は平安時代初期。小野篁という若者がいた。身長は六尺二寸(約188センチ)と偉丈夫であり、武芸に優れていた。十五歳から二十歳までの間は、父に従い陸奥国で過ごした。当時の陸奥は蝦夷との最前線であり、絶えず武力衝突が起きていた地である。そんな環境の中で篁は武芸の腕を磨いていった。二十歳となった時、篁は平安京へと戻った。文章生となり勉学に励み、二年で弾正台の下級役人である少忠に就いた。 篁は武芸や教養が優れているだけではなかった。人には見えぬモノ、あやかしの存在を視ることができたのだ。 ある晩、女に救いを求められる。羅生門に住み着いた鬼を追い払ってほしいというのだ。篁はその願いを引き受け、その鬼を退治する。 鬼退治を依頼してきた女――花――は礼をしたいと、ある場所へ篁を案内する。六道辻にある寺院。その境内にある井戸の中へと篁を導き、冥府へと案内する。花の主は冥府の王である閻魔大王だった。花は閻魔の眷属だった。閻魔は篁に礼をしたいといい、酒をご馳走する。 その後も、篁はあやかしや物怪騒動に巻き込まれていき、契りを結んだ羅城門の鬼――ラジョウ――と共に平安京にはびこる魑魅魍魎たちを退治する。 陰陽師との共闘、公家の娘との恋、鬼切の太刀を振るい強敵たちと戦っていく。百鬼夜行に生霊、狗神といった、あやかし、物怪たちも登場し、平安京で暴れまわる。 そして、小野家と因縁のある《両面宿儺》の封印が解かれる。 篁と弟の千株は攫われた妹を救うために、両面宿儺討伐へと向かい、死闘を繰り広げる。 鈴鹿山に住み着く《大嶽丸》、そして謎の美女《鈴鹿御前》が登場し、篁はピンチに陥る。ラジョウと力を合わせ大嶽丸たちを退治した篁は冥府へと導かれる。 冥府では異変が起きていた。冥府に現れた謎の陰陽師によって、冥府各地で反乱が発生したのだ。その反乱を鎮圧するべく、閻魔大王は篁にある依頼をする。 死闘の末、反乱軍を鎮圧した篁たち。冥府の平和は篁たちの活躍によって保たれたのだった。 史実をベースとした平安ダークファンタジー小説、ここにあり。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

処理中です...