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気まずい関係
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スマホは圏外のままだが、太陽の動きも不明なため、時計の重要度が高い。芯しん亭のいたるところに時計がある。地獄へ行く人を見送るため、門が開くわずかな時間を疎かにできない。
あっちはどうなっているだろう。うちの家族はおじいちゃんに説き伏せられたのだろうが、娘が地獄に行くことを普通は止めるだろう。父はうっすら私の力に気づいているのかもしれない。
『なんとかやってます』
たまに手紙を書いた。一心さんのタブレットやパソコンを借りればメールもできるだろうが、なんとなくここは時間の流れが昔っぽいから。亡くなる人は当然、高齢の方が多い。そういう人たちと話していると古臭いことも悪くないって思う。家族に手紙を書くなんて、人生で初めてだ。
忙しく働いていたある日、心角さんが女の子を連れて戻ってきた。
「新しい仲居見習いです。よろしくお願いします」
今里ちゃんは18歳で珠絵ちゃんと同じ年ということになるが、育ってきた時代のせいなのか所作が雑過ぎて、澪さんに怒られてばかりいた。
「障子なんてうちにはなかったもん。開け方なんて知らなくて当然じゃん」
口の利き方も習っていないよう。
「だからって、濡れた手で触ったら穴が開くことくらいわかるでしょ?」
「わかりません」
現代の若者らしく、はっきり喋るうえに相手の気持ちを汲むことはしない。
「だいたいいつになったら自分で帯が巻けるようになるん? こんな子初めてやわ」
麻美さんまで。しかもきっと小説か何かに影響されて関西弁。いや、京都弁のイントネーションだろうか。
「私、新人類? やったぁ」
麻美さんの嫌味を褒められたと勘違いできる今里ちゃんはすごい。
「澪さん、ここは私が…」
どれだけ言っても澪さんの怒りのボルテージが上がるだけ。
「助けてくれてサンキュー。あのおばさん、いっつも怒ってる」
「澪さんは怒ってはいませんし、私も助け船を出したつもりはありません。いいですか? お客様の部屋への出入りの際の動きを私がしますので、よく見ていてください。まず廊下に座ります。少し開けてから戸を引きます」
「それ必要? 一気に開けたほうが楽じゃん」
今里さんの言葉は聞かないことにした。
「頭を下げて、部屋に入ります。このとき、お膳を持っていたら必ずそれを先に」
「畳に置いちゃうの? 汚くない?」
常識があるのかないのか。
「部屋に入ったら戸のほうを向いて閉めます」
「お客さんに背を向けるの失礼じゃない?」
もう、本当にうるさい。
「立ち上がるときは、こう。膳を持ってから立ち上がります。はい、やって」
私は部屋から出るまでを教えた。その動きを繰り返させる。
それが終わったら着物のきつけ。
「動きづらい」
今里ちゃんは知らないだけ。だが、ここで働くのであれば身につけなければならない。
「大股で歩くとすぐに着くずれますよ」
「着物きついー」
どんなに注意をしても今里ちゃんの言動は変わらない。かわいそうって思うことにした。そうしなければこっちのメンタルが持たない。
お客さんの前に出るのは避けて、まずは掃除や洗濯からお願いする。
「洗濯機は?」
それは私も思っていた。
「そういえばありませんね。洗濯板を使ってください」
「そんなぁ」
地獄のいいところは寒くないし、その暑さもこのあたりはもわっとしていない。今里ちゃんは洗濯が好きみたいだ。ガサツながらも嫌がることなくこなした。汚い洗濯物が少ないせいもあるのだろう。泊り客の多くは明日から地獄に行く人だから十分な睡眠をとる。死んでいる人からは今更死臭はしない。
自分の物は自分で洗うことになっているのに私の下着まで洗おうとするから、
「それはやめて」
ときちんと伝えれば理解してくれる。
あっちはどうなっているだろう。うちの家族はおじいちゃんに説き伏せられたのだろうが、娘が地獄に行くことを普通は止めるだろう。父はうっすら私の力に気づいているのかもしれない。
『なんとかやってます』
たまに手紙を書いた。一心さんのタブレットやパソコンを借りればメールもできるだろうが、なんとなくここは時間の流れが昔っぽいから。亡くなる人は当然、高齢の方が多い。そういう人たちと話していると古臭いことも悪くないって思う。家族に手紙を書くなんて、人生で初めてだ。
忙しく働いていたある日、心角さんが女の子を連れて戻ってきた。
「新しい仲居見習いです。よろしくお願いします」
今里ちゃんは18歳で珠絵ちゃんと同じ年ということになるが、育ってきた時代のせいなのか所作が雑過ぎて、澪さんに怒られてばかりいた。
「障子なんてうちにはなかったもん。開け方なんて知らなくて当然じゃん」
口の利き方も習っていないよう。
「だからって、濡れた手で触ったら穴が開くことくらいわかるでしょ?」
「わかりません」
現代の若者らしく、はっきり喋るうえに相手の気持ちを汲むことはしない。
「だいたいいつになったら自分で帯が巻けるようになるん? こんな子初めてやわ」
麻美さんまで。しかもきっと小説か何かに影響されて関西弁。いや、京都弁のイントネーションだろうか。
「私、新人類? やったぁ」
麻美さんの嫌味を褒められたと勘違いできる今里ちゃんはすごい。
「澪さん、ここは私が…」
どれだけ言っても澪さんの怒りのボルテージが上がるだけ。
「助けてくれてサンキュー。あのおばさん、いっつも怒ってる」
「澪さんは怒ってはいませんし、私も助け船を出したつもりはありません。いいですか? お客様の部屋への出入りの際の動きを私がしますので、よく見ていてください。まず廊下に座ります。少し開けてから戸を引きます」
「それ必要? 一気に開けたほうが楽じゃん」
今里さんの言葉は聞かないことにした。
「頭を下げて、部屋に入ります。このとき、お膳を持っていたら必ずそれを先に」
「畳に置いちゃうの? 汚くない?」
常識があるのかないのか。
「部屋に入ったら戸のほうを向いて閉めます」
「お客さんに背を向けるの失礼じゃない?」
もう、本当にうるさい。
「立ち上がるときは、こう。膳を持ってから立ち上がります。はい、やって」
私は部屋から出るまでを教えた。その動きを繰り返させる。
それが終わったら着物のきつけ。
「動きづらい」
今里ちゃんは知らないだけ。だが、ここで働くのであれば身につけなければならない。
「大股で歩くとすぐに着くずれますよ」
「着物きついー」
どんなに注意をしても今里ちゃんの言動は変わらない。かわいそうって思うことにした。そうしなければこっちのメンタルが持たない。
お客さんの前に出るのは避けて、まずは掃除や洗濯からお願いする。
「洗濯機は?」
それは私も思っていた。
「そういえばありませんね。洗濯板を使ってください」
「そんなぁ」
地獄のいいところは寒くないし、その暑さもこのあたりはもわっとしていない。今里ちゃんは洗濯が好きみたいだ。ガサツながらも嫌がることなくこなした。汚い洗濯物が少ないせいもあるのだろう。泊り客の多くは明日から地獄に行く人だから十分な睡眠をとる。死んでいる人からは今更死臭はしない。
自分の物は自分で洗うことになっているのに私の下着まで洗おうとするから、
「それはやめて」
ときちんと伝えれば理解してくれる。
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