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気まずい関係

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 夜、庭に人々が集まって、花を囲んで見ている光景は美しかった。
 人が集まれば、必然的にお金も集まるものだ。凌平くんがケーキを作って、それも評判がいい。一番儲かるのはドリンクだ。私たちの仕事が増え不満はあったものの、仲居さんたちはみんなお金好き。
「たっぷりボーナスを出すよ」
 と大女将が宣言をしたから、みんなちゃんと働いた。
 向かいの清しん亭の女将さんもちらちら覗きに来た。
「こんなのまがい物ですよ」
 うちの大女将以上に口は悪い。
 しかし、花というのは本当にきれいだ。咲いているから人を惹きつけるのだろうか。力強い、生命力の塊に私には見えた。
 鬼だろうと人間だろうと花を見ればきれいだと思うのだ。

 泊り客のことを考え、花見は夜の8時まで。花を片づけるのは私の役目だった。ガラスのケースに入っているから、そのまま一心さんの部屋に運んで、ケースから解放してあげる。見た目に反して重いから、本当に気味が悪い。罪の重さなのか、植物だから生きていると言えばそうなのだろうが、もっと別の重さが加わっているように感じる。
「ここ置きますね」
「すまない。もしかしたら他の者が触れると枯れるかもしれないと大女将が…」
「へぇ」
 過去にそのようなことがあったのだろうか。
 夜でも花が萎むことはない。地獄は太陽の光が弱いから、水だけが養分のはず。それなのに、銀色の光に囲まれている。本当に不思議な花だ。
「では、おやすみなさい」
「おやすみ」

 遅番でもないのにこんな時間。慌てて浴場に向かう。従業員用のお風呂には澪さんがいた。
「今日もやっと終わったね。足ぱんぱん」
 地獄でもむくむのは変わらない。澪さんは細長くて、スポーツをやっていたような体型をしている。くびれがきれい。腹筋もちゃんとついている。
「はい。お疲れさまです」
私は自分の貧相な体を泡で隠した。
「屋台もいいけど大女将が嫌がりそう。でも久々にたこ焼き食べたいな。紅しょうが多めのやつ」
 と澪さんが笑う。たまに関西弁が出るから、そっちで暮らしていたか関西出身の恋人でもいたのだろうか。
「澪さんはきれいな体ですね」
 女の私から見てもうっとりする。
「生きていた頃、たくさん食べて病気にまでなったの。だから今は慎ましく過ごすことにした。甘いものは今でも好きだけどね」
 大食を罪と考える人もいる。
「そうなんですね」
 親しくなるとどうしても過去の話になる。辛くはないのだろうか。私はまだ、人にそうやって自分のことを話せない。つい最近のことも。
 自分でも理解していないからだろう。人に見えないものが見え、それらを消してしまうことを苦痛に感じても、誰にも理解されない。文子さんを消してしまったことは棺桶まで持ってゆくだろう。でもその先もあるのだ。地獄で私も裁かれるのだろうか。
 こっちにきて、一心さんやなんでもわかっているような大女将、心角さんたちに囲まれているとほっとする。人間界に戻ったらまた孤独で、力を強めてしまうのではないだろうか。頼れるのは祖父だけで、しかも腰痛持ち。
 そういえば心角さんを最近見かけない。彼は芯しん亭の番頭だけでなくいろいろときな臭いことまでやらされているような気がする。やっぱり人とかお金が絡むとどこでも大変なのだ。
 疲れたら眠って回復。食べる、動く。そうしていると自分の力のことを考えない日さえあった。それでは消してしまった文子さんに申し訳ない。手のせいなのだろうか。心か魔力? 霊力なんて目に見えないものに踊らされて人生を過ごすのなんてまっぴらごめん。

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