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死にきれない小説家
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芯しん亭には政治家や俳優さんが度々訪れる。ああ、この人も亡くなってしまったのかと残念になるし、地獄なの? と思ってしまう人もいる。名優が演技で人の心を和らげようともまやかしなのだろうか。そんなことないと思う。
亡くなると多くの人が花に囲まれて火葬される。でもこちらにはその花は咲かないし持っても来れない。
その人は白い生地に花の色が移った浴衣を着ていた。地獄行きのバスに乗る前に自分の好きな服に着替えるのがほとんどなのに、そのままの格好で、緑のサンダルで、長身だからてっきり男の人だと思ったのに、
「会沢(あいざわ)興(きょう)です」
と優しい声で名乗った。
その名前には覚えがあった。文子さんが持っていた本の著者名だ。
「こちらへどうぞ」
部屋割は前日に一心さんがしているから、私は案内をすればいいだけ。
一番いい部屋だった。エレベーターで5階へ。
普通の人はカバンひとつくらい持っているのに、万年筆を握りしめているだけ。
「豪華な部屋だね」
旅館だから部屋の真ん中に机と座布団があるのに、なぜか部屋の隅に座った。
「お茶淹れますね」
「大丈夫、自分でする」
壁に寄りかかって、面倒くさそうに言い放った。
一人が好きな人はこっちでもそうなのだろう。
「かしこまりした。ご用がありましたらお声がけください」
そう言って部屋をあとにした。その部屋は内風呂もあって値が張る。
「壱の間の人、会沢興さんでしょう?」
澪さんも気づく。
「はい。一人にしてほしいと言われました」
「夕飯は私が運ぶわ」
麻美さんがテンション高めに手を上げる。
「すごく静かな人でしたよ」
私にはそれしか言えなかった。
こっちでも人気があるようだ。折を見て彼女の本に書かれている『闇落ち』について聞きたかったがタイミングがない。部屋にこもって出てこない。食事は部屋で取るから配膳のときがチャンスだ。しかし他の人たちがファンだからと率先して行ってしまう。
亡くなると多くの人が花に囲まれて火葬される。でもこちらにはその花は咲かないし持っても来れない。
その人は白い生地に花の色が移った浴衣を着ていた。地獄行きのバスに乗る前に自分の好きな服に着替えるのがほとんどなのに、そのままの格好で、緑のサンダルで、長身だからてっきり男の人だと思ったのに、
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