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 一心さんのこと、嫌な人だと思っていた。きれいな服を着ているのは仕事のため。高慢な態度も従業への見せしめのようなもの。
 だって、数日後には手を汚しながら椅子を作ってくれていた。まずは長椅子。恐らく、角材だけで作ったと思われる。可愛げはない。でも、しっかりとぐらつかない。
 納屋の中に床を張りたいが難しいだろう。時間もない。すのこを敷いてみようか。納屋に床はなく確か土だった。平にすればこの椅子でも安定はするだろう。
「ありがとうございます」
 それを納屋に運んでくつろぐ。
「ここはただの物置きだったんだ」
「馬小屋では?」
「それはそこの屋根だけの部分だ」
 一心さんのその言葉にほっとした。カフェをしたいが厠や馬小屋ではいくら数百年経とうとも菌が生き残っているかもしれない。地獄にも細菌はいるのだろうか。
「落ち着いたらここでお客様を癒すお店を始めたいな」
 私は言った。
「それいいな。実は商売が頭打ちで。部屋の問題もあって宿泊の人数は増やせないから他の収入源を探していたんだ」
 最上階が一部屋と言うのが問題なのではないだろうか。高すぎて、いつも空いている。清掃のために数回部屋に入ったが豪華すぎて居心地悪い。
 地獄の壁は最上階よりも高い。故に見晴らしも然程良くない。
「エステでもいいですよ。私、ロミロミもできます」
 死んだ人が痩身をしたいと思うだろうか。人間として保てる最後の夜は、たいては食べて飲んで寝る人が多い。
「ロミロミとは?」
「オイルを使ったマッサージの一種です」
 地獄とハワイは遠すぎる。説明して理解してもらえるとは思えなかったが、他の国があるということは知っているようだった。

 一心さんは優しい人だ。他に必要なものを聞かれたので、お店で使う寝具一式、タオル、オイルなどと伝えたらメモを取って考え込む。
「むつかしいですか?」
「いいや」
 とあっさり。勝手に現世より遅れているイメージだから椿オイルを自分たちで抽出したりせねばならないのかと思った。しかし花は咲かないのだ。だったら種から油分も取れない。
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