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 働いて、一日の疲れをお風呂に入って流して、眠る。芯しん亭での生活は、なんか正しい。
 地獄なのに。

「ちゃんと血合いの処理しないと」
 料理場をのぞいたら凌平くんが先輩に注意を受けていた。
「すいません。魚はあんまり扱ったことないので」
「その小さい包丁のほうがいい。手前に引くように」
「はい」
 凌平くんも一生懸命仕事に取り組んでいる。
 珠絵ちゃんは真面目。澪さんは上手にサボる。文子さんは一応、上司だから重箱の隅をつつくようにこちらをいじめる。麻美さんは、泡みたいだ。ふわっとして、きれい。掴みどころもない。
「たった一度なの。好きな人に抱かれただけ。その人には奥さんがいて、私とは遊びだった。運悪くホテルが火事になって一緒に死んだんだけど、閻魔様の前で『妻を愛してる。この女に誘われたって』ってひどいでしょ? 彼はたったの1年で無罪放免。私はあと、71年」
 腕の数字を見せて、麻美さんが過去を暴露する。二人での作業が多いから話すことがついになくなったのだと思う。笑って話せるということは彼女の中でもう過去のことなのだろう。
「大変でしたね」
 吹っ切れた顔をしているから私も同情はしない。
「うん。今になってみればろくでなしだってわかる。それで、今になったら、不倫だったけど初めて好きになった人だったんだなとも思う。恨んでるけどね。瑠莉ちゃんは? 好きな人いるの?」
 と唐突に聞かれ、たじろいだ。
「あ、えっと、まぁ」
「一心さんか。いいな」
 そうだ。ここでは婚約者のふりをしなくちゃなんだ。
「はい」
 忙しくてすっかり忘れていたけれど、私には好きな人がいた。その人は、姉ことが好きだった。姉もきっと彼のことが好き。だから片思いでいいの。
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