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 その日は私も遅番で、夕飯の片づけを終えたのは夜の9時すぎだった。凌平くんは浮かない顔で洗い物をしていた。
「皿洗い?」
 私は食器を置いた。
「一日中洗い物っすよ。実家でだって仕込みやってたのに」
 凌平くんの家は洋食屋だった。それでここへの配属が決まったらしい。第一と第二の門の間で働くことができれば地獄行きを免れる。話しを聞く限り、地獄に行っても死んでいるのにまた苦痛を与えられるだけにようだ。
「新人のうちはそうでしょ? 手伝うわね」
 調理場には電化製品もあるから食器乾燥機があれば楽なのに。
「それは先輩の仕事じゃないです」
「ここではね、みんなが誰かの仕事を手伝うの。人が少ないからそうせざるを得ないんだろうけど」
「聞きました。菅原先輩が跡取りの一心さんと婚約中って」
 地獄でも人の口は塞げないものだ。
「いろいろあるのよ」
 と凌平くんが洗ったものを拭いた。
 手伝いながら凌平くんが閻魔様に料理を振る舞ったことを聞いた。
「特技を見せてくれたら罪をちょっと免除してくれるって言うから料理作ったんすよ。それをなんか、すげー喜んでくれて。うちって父ちゃんが北海道で母ちゃんが沖縄出身だから、ちゃんちゃん焼きとラフテー食べさせたらおいしいって。本当なら、ずうっと石を積み上げるところに行かされるらしかったんだけどここで勤めることになりました」
 地獄よりは苦痛は少ないかもしれない。でも料理長は厳しいし、怪力の鬼も一緒に働いているから大変そう。
「ここなら好きな料理もできるね」
 私は言った。
「皿洗いだけどね」
 それだって調理の仕事のひとつだ。
 凌平くんは高校を卒業して調理の専門学校へ行き、実家のお店を手伝い始めたばかりだったらしい。親を悲しませても閻魔様の前では罪となる。
 知り合いが来たことは嬉しいような悲しいような、複雑な気持ち。
 みんな、当然に生きているものだと思っている。友達は少ないけれど、家族もいつかは亡くなるってわかっていても、それはどこか別次元のことでまだまだ遠い感じがする。
 自分自身が死ぬことだってあり得る。不慮の事故、病、災害。突発的だったら準備もできない。だから後悔のないように生きるべきなのだろうが、くだらないスマホでできる乙女ゲームが楽しくて推しを攻略してばかり過ごした。
「私はこっちに来てからのほうが楽しい。ほんのちょっとね」
 充実していると言ったほうが正しい。
 凌平くんは、
「そんなもんすかね」
 と洗い物を続けた。
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