地獄門前のお宿で女将修行はじめます

吉沢 月見

文字の大きさ
上 下
10 / 99
芯しん亭

しおりを挟む
 繰り返しのようで、客を見送っては新しい客を迎える日々。夕飯を食べてお風呂に入り、眠る。自分の時間など皆無。
 そのおかげか毎晩、あっちの世界で金縛りに遭っていた私が安眠できている。
 地獄が合っているのだろうか。

 お客さんたちはいい人ばかりで、
「ありがとう」
 と芯しん亭を出てゆく。地獄に一歩足を踏み入れたら、それはそれは長い時間の拷問が待っている。その覚悟を受け入れ、人間として最後に布団でゆっくり眠りたいから一泊する人が多い。

 地底が地獄ということは、見上げたら地上なのだろうか。いつも雲に覆われているが、こっちにも空がある。
「気づくとお前は空を見上げているな」
 久々に会った一心さんにそう言われた。
「そうですかね。忙しくてそんな暇もありませんけど」
 一心さんのほうが暇そう。
「そうか」
 一心さんは疲れた顔で少し笑った。表情から心の読めない人だなとずっと思っている。聞いた話では本当にモテるらしい。
「一心さんいる?」
と塀の向こうから女の人の声。
「いないと言ってくれ」
 と耳打ちなんてしないで。
「い、いませんよ」
「あら、そうかい」
 跡取りのせいなのか、一心さんはこの辺りに店を構える飲み屋の女主などから狙われているらしい。一心さんと結婚できれば生活が安泰だったり、商売をするのが楽になるのかもしれない。
「半分人間だから珍しいだけだ」
 と本人は乗り気ではないらしい。私のような婚約者もどきが急に現れて、一心さんを好きな女性たちが焦っているのだろう。私たちは結託しただけの仲。大っぴらにできないことばかりで困る。
「もう行ったようですよ」
 鈴の音が遠ざかった。
「すまない」
 長く生きているのだから、不愛想に見えて駆け引き上手なのだろうか。
「一心様、帳簿の確認をお願いします」
 心角さんから声がかかる。一心さんは跡取りのポジションに甘んじてるわけではなさそうだ。
「じゃあな」
 と芯しん亭へ戻った。
「はい」
 一心さんが廊下の角を曲がると、ふと誰かの視線を感じたような気がした。そっちを見たけれど誰もいない。
 気のせいだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

コンフィズリィを削って a carillonist

梅室しば
キャラ文芸
【フキの花のオルゴールは、たった一つの抑止力だった。】 潟杜大学に通う学生・甘粕寛奈は、二年生に進級したばかりのある日、幼馴染から相談を持ちかけられる。大切なオルゴールの蓋が開かなくなってしまい、音色が聴けなくて困っているのだという。オルゴールを直すのを手伝ってくれるのなら、とびきりのお礼を用意しているのよ、と黒いセーラー服を着た幼馴染はたおやかに微笑んだ。「寛奈ちゃん、熊野史岐って人の事が好きなんでしょう? 一日一緒にいられるようにしてあげる」 ※本作はホームページ及び「pixiv」「カクヨム」「小説家になろう」「エブリスタ」にも掲載しています。

【完結】非モテアラサーですが、あやかしには溺愛されるようです

  *  
キャラ文芸
疲れ果てた非モテアラサーが、あやかしたちに癒されて、甘やかされて、溺愛されるお話です。

乙女フラッグ!

月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。 それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。 ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。 拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。 しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった! 日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。 凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入…… 敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。 そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変! 現代版・お伽活劇、ここに開幕です。

仮面探偵は謎解きを好まない

結城絡繰
キャラ文芸
就活に失敗した藤波杏子は、探偵事務所の助手のアルバイトを見つける。 軽い気持ちで面接に赴いた彼女を待っていたのは、麻袋を被った異様なビジュアルの探偵だった。 なんだかんだで助手となった杏子は、傍若無人な仮面探偵に振り回されながらも事件解決を目指して奔走する――。 新米助手と奇人探偵がお送りする、連作中編ライトミステリー。

麻雀少女激闘戦記【牌神話】

彼方
キャラ文芸
 この小説は読むことでもれなく『必ず』麻雀が強くなります。全人類誰もが必ずです。  麻雀を知っている、知らないは関係ありません。そのような事以前に必要となる『強さとは何か』『どうしたら強くなるか』を理解することができて、なおかつ読んでいくと強さが身に付くというストーリーなのです。  そういう力の魔法を込めて書いてあるので、麻雀が強くなりたい人はもちろんのこと、麻雀に興味がある人も、そうでない人も全員読むことをおすすめします。  大丈夫! 例外はありません。あなたも必ず強くなります! 私は麻雀界の魔術師。本物の魔法使いなので。  ──そう、これは『あなた自身』が力を手に入れる物語。 彼方 ◆◇◆◇ 〜麻雀少女激闘戦記【牌神話】〜  ──人はごく稀に神化するという。  ある仮説によれば全ての神々には元の姿があり、なんらかのきっかけで神へと姿を変えることがあるとか。  そして神は様々な所に現れる。それは麻雀界とて例外ではない。  この話は、麻雀の神とそれに深く関わった少女あるいは少年たちの熱い青春の物語。その大全である。   ◆◇◆◇ もくじ 【メインストーリー】 一章 財前姉妹 二章 闇メン 三章 護りのミサト! 四章 スノウドロップ 伍章 ジンギ! 六章 あなた好みに切ってください 七章 コバヤシ君の日報 八章 カラスたちの戯れ 【サイドストーリー】 1.西団地のヒロイン 2.厳重注意! 3.約束 4.愛さん 5.相合傘 6.猫 7.木嶋秀樹の自慢話 【テーマソング】 戦場の足跡 【エンディングテーマ】 結果ロンhappy end イラストはしろねこ。さん

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

天使は愛を囁く

けろよん
キャラ文芸
天界では今ある問題が持ち上がっていた。何と地上の人々が愛を忘れつつあるというのだ。天界の天使達は愛を伝えるために地上へ向かうこととなった。 天使の一人ミンティシアが担当することになったのは正樹という高校生の少年だった。彼には幼馴染の少女や初恋の人がいた。ミンティシアはこの状況を利用して天使として愛を伝えるために頑張ることになった。

処理中です...