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芯しん亭
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繰り返しのようで、客を見送っては新しい客を迎える日々。夕飯を食べてお風呂に入り、眠る。自分の時間など皆無。
そのおかげか毎晩、あっちの世界で金縛りに遭っていた私が安眠できている。
地獄が合っているのだろうか。
お客さんたちはいい人ばかりで、
「ありがとう」
と芯しん亭を出てゆく。地獄に一歩足を踏み入れたら、それはそれは長い時間の拷問が待っている。その覚悟を受け入れ、人間として最後に布団でゆっくり眠りたいから一泊する人が多い。
地底が地獄ということは、見上げたら地上なのだろうか。いつも雲に覆われているが、こっちにも空がある。
「気づくとお前は空を見上げているな」
久々に会った一心さんにそう言われた。
「そうですかね。忙しくてそんな暇もありませんけど」
一心さんのほうが暇そう。
「そうか」
一心さんは疲れた顔で少し笑った。表情から心の読めない人だなとずっと思っている。聞いた話では本当にモテるらしい。
「一心さんいる?」
と塀の向こうから女の人の声。
「いないと言ってくれ」
と耳打ちなんてしないで。
「い、いませんよ」
「あら、そうかい」
跡取りのせいなのか、一心さんはこの辺りに店を構える飲み屋の女主などから狙われているらしい。一心さんと結婚できれば生活が安泰だったり、商売をするのが楽になるのかもしれない。
「半分人間だから珍しいだけだ」
と本人は乗り気ではないらしい。私のような婚約者もどきが急に現れて、一心さんを好きな女性たちが焦っているのだろう。私たちは結託しただけの仲。大っぴらにできないことばかりで困る。
「もう行ったようですよ」
鈴の音が遠ざかった。
「すまない」
長く生きているのだから、不愛想に見えて駆け引き上手なのだろうか。
「一心様、帳簿の確認をお願いします」
心角さんから声がかかる。一心さんは跡取りのポジションに甘んじてるわけではなさそうだ。
「じゃあな」
と芯しん亭へ戻った。
「はい」
一心さんが廊下の角を曲がると、ふと誰かの視線を感じたような気がした。そっちを見たけれど誰もいない。
気のせいだろうか。
そのおかげか毎晩、あっちの世界で金縛りに遭っていた私が安眠できている。
地獄が合っているのだろうか。
お客さんたちはいい人ばかりで、
「ありがとう」
と芯しん亭を出てゆく。地獄に一歩足を踏み入れたら、それはそれは長い時間の拷問が待っている。その覚悟を受け入れ、人間として最後に布団でゆっくり眠りたいから一泊する人が多い。
地底が地獄ということは、見上げたら地上なのだろうか。いつも雲に覆われているが、こっちにも空がある。
「気づくとお前は空を見上げているな」
久々に会った一心さんにそう言われた。
「そうですかね。忙しくてそんな暇もありませんけど」
一心さんのほうが暇そう。
「そうか」
一心さんは疲れた顔で少し笑った。表情から心の読めない人だなとずっと思っている。聞いた話では本当にモテるらしい。
「一心さんいる?」
と塀の向こうから女の人の声。
「いないと言ってくれ」
と耳打ちなんてしないで。
「い、いませんよ」
「あら、そうかい」
跡取りのせいなのか、一心さんはこの辺りに店を構える飲み屋の女主などから狙われているらしい。一心さんと結婚できれば生活が安泰だったり、商売をするのが楽になるのかもしれない。
「半分人間だから珍しいだけだ」
と本人は乗り気ではないらしい。私のような婚約者もどきが急に現れて、一心さんを好きな女性たちが焦っているのだろう。私たちは結託しただけの仲。大っぴらにできないことばかりで困る。
「もう行ったようですよ」
鈴の音が遠ざかった。
「すまない」
長く生きているのだから、不愛想に見えて駆け引き上手なのだろうか。
「一心様、帳簿の確認をお願いします」
心角さんから声がかかる。一心さんは跡取りのポジションに甘んじてるわけではなさそうだ。
「じゃあな」
と芯しん亭へ戻った。
「はい」
一心さんが廊下の角を曲がると、ふと誰かの視線を感じたような気がした。そっちを見たけれど誰もいない。
気のせいだろうか。
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