地獄門前のお宿で女将修行はじめます

吉沢 月見

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芯しん亭

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 芯しん亭に戻って一心さんたちと夕食を食べた。期待をしていたわけじゃないけど、歓迎会とかないのだろうか。普通のごはんだ。
 別にいいけど。
「ああ、疲れた」
 料理人さんたちもやって来て、
「旦那様、お疲れさまです」
 と一心さんに挨拶をしながら席につく。
「あんたたち、静かに。今日から瑠莉様もいるんだから」
 仲居頭の文子さんは見た目はおばさんというほどの年齢ではないが、一心さん同様、きっとびっくりするほどの年齢なのだろう。
 ん? 違う。ここで働いている人たちは人間だ。
「あのう、麻美さんでしたっけ?」
 私は背中合わせに座る同い年くらいの女性に声をかけた。
「はい、なんでしょう若女将」
 若女将じゃないけどね。
「失礼ですけど麻美さんはいくつなの?」
「死んだときが23。地獄のお沙汰が100年だから…」
 麻美さんはすっと左腕の着物の袖をめくった。
「刺青?」
「違います。刑期みたいなものですかね? ちゃんと毎年減るですよ」
 数字は71だった。
 つまり、人間として23年生きて、こっちで29年生きているということなのだろう。
 そこで文子さんが咳払いをする。
「私のような下々のものと話していると上がいい顔をしません」
「そんなことないです。大家族みたいで楽しい」
 こんなところでぼっちにされるほうが寂しい。

 無理を言って私は大部屋にしてもらった。一人部屋では退屈だし、教えてもらわねばここでの生活はいろいろと難しそう。鬼に食われたくもないし。
「女将修行には都合がいいので」
 昔から、そういうことにだけは頭が回るし、口も回る。
 そんなわけで、私は麻美さんたちの部屋で寝泊まりすることになった。
「荷物そこに。あ、この棚使って」
 麻美さんはぱきぱき動く。
 貴重品入れの概念はないらしい。私は財布とスマホを棚の奥に下着と一緒にしまった。「私も23なんですよ」
 と言って失敗した。私は23年しか生きてないけれど、麻美さんは死んでからの時間のほうがもう長い。
「そう」
 麻美さんは聞き流してくれた。
 長く生きるほど、面の皮が厚くなる。私の年齢でもそう感じるのだから、麻美さんはもっとわかっているのだろう。
 大部屋といっても麻美さんの他にあと二人。珠絵ちゃんと澪さん。澪さんは20代後半で珠絵ちゃんは私よりも若そう。
「ども」
 と珠絵ちゃんはそっけない。
「明日早いからもう寝るわね。おやすみ」
 澪さんは布団に入ってしまった。
「おやすみなさい」
「明かり消すね」
 ふっと麻美さんが蝋燭を消した。電気じゃないんだと思いながら私も布団に入った。窓からはうっすら明かりが差し込んでくる。朝と夜の区別のない場所。時計の音がうるさいのは私だけなのだろうか。自分の動かない時計と今日おじさんからもらってしまった止まったままの腕時計は荷物の中。柱時計は正常に動いている。うーん、謎。
 眠れないと思った。初めて来た場所。しかも地獄。実家では一人部屋で誰かと寝るのは不得意。周りにはほぼ知らない人たち。こっちにいるということは少しは悪い人なのだろうか。殺人犯だったらどうしよう。建物の中でも慣れない匂い。
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