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 妃候補や従者は王帝にひれ伏すから、妹特権でわがままを言っては放置されるクレア様が段々哀れになってきた。

「私と畑に行きましょうよ」
 とお誘いすると、
「手が汚れるから嫌。でも暇だから行くわ」
 とついてきた。

 彼女を誘ったのには訳がある。このところ雨が続き、トベールじいの従者たちは川の整備にも駆り出されていた。背の高い男性ばかり連れて行かれるから、私が試したいことができやしない。

「クレア様、この縄を棒の上に括れますか?」
 クレア様は私よりも背が高い。
「こう?」
「はい。そしたら、こちらの棒に縄をくるっとして、またそちらに」
 二本の棒に縄をぐるぐる張り巡らせる。
「これでいい?」
「大丈夫です。そうしましたらこのかぼちゃの茎を誘引します。葉と茎はトゲがあって痛いですから気をつけて」

 クレア様が戻られてから侍女長のソフィアさんが甲斐甲斐しく世話をしている。もうおばあさんなのにクレア様の日焼けを気にして日傘を差してクレア様を追って右往左往。
「これはなんですの?」
 クレア様が不思議がる。
「実験です。土の上でだとせっかく実っても腐ったり動物に食べられたりするそうなので茎をこうして縄にひっかけてしまえばいいかと」

 書物にそうあったのだ。この国では腐ったものなど捨ててしまえばいいと考えるだろうが、うちの国ではひとつの実も大切にしたい。
「空中栽培ね」
 クレア様はそつなくこなしてくれる。指が長くてとても器用そう。

 クレア様が戻られて一度、晩餐会があった。と言っても、いつもの顔ぶれとちょっと豪華な食事だけ。お金のない我が国でさえ、国王の誕生日には来賓を招く。きっとアルゼット様が面倒事を避けたいだけなのだろう。まだクレア様に結婚相手を探すのは早いと思っているのかもしれない。私より大きな背丈だが、15歳になったばかりというし。

「兄上様と、どうなの? その、あなたが一番有力だってメイドたちが…」
 クレア様がかぼちゃの茎を誘引しながら私にこっそり聞く。
「どうなのでしょう? 気に入ってはくれているようですが、私は大きな国の王女じゃないし、お勉強もあんまりで」
 気立て、素養だけで妃になれるわけではない。
「毎日あなたの部屋で寝ているとか」
「それは、ええ、まぁ、はい」
 年下の女の子に詰め寄られるなんて。しかも顔のパーツがアルゼット様に似ている。目が似ているから眼差しも似ていて当然。
「お子ができるのも近いかしら? 姪っ子がいいわ」
 クレア様、そんなキラキラの笑顔で仰らないで。私よりも彼女の侍女のソフィアさんの顔がそう言ってる。
 かぼちゃの花が目に入った。花粉をちょんとして受粉するかぼちゃとは違うのだ、たぶん。

 一緒に眠ってはいるけれど、昨夜だって腰が痛くてさすってもらっただけ。
「ここか? 月ものか?」
 そうだとしても言えない。
「今日はずっとかがんで畑に種を蒔いていたので」
「そうか」
 掌で撫でられるよりもちょっと指を曲げてぐりぐりしてもらった方が気持ちいい。
「アルゼット様、骨がいい塩梅です」
「じじいのようだな。まさか王帝になってもこんなことをさせられるとは」
「すいません」
 そうだった。この人が怒ったら何をされるかわからない。打ち首は嫌だ。
 ああ、気持ちいい。手の形も押す力もちょうどいい。気持ちよくて脱力してしまう。
「お前のその顔が見れたからいい」
 って仰ってくれたけど、私どんな顔していたのだろう。
 そんなわけで、クレア様の期待には応えられそうにないのです。
「ルラル様のことを話すとき、兄上様は穏やかな顔になる気がします」
 それは好きとはまた別の感情なのかしら。幾ら本を開いても恋についての書物ってないのよね。
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