上 下
23 / 59

22

しおりを挟む
 朝、目が覚めたらもうアルゼット様はいなかった。

「お目覚めですか、ルラル様」
「うん。おはよう、ミスズ」
「おはようございます。ちょうど今しがた、王帝一行がお出かけになったようですよ」
 私が受けたグラッドさんの講義では王帝が出かける際、王妃は必ず見送るのが古くからの習わしだと聞いた。

「ミスズ、着替えを急いで」
「アルゼット様は寝かせておけと仰ってましたよ」
「だめよう。ほら、これ脱がせて」

 慌てて着替えて階段を駆け下りたけれど遅かった。一行はもう門をくぐろうとしている。
「申し訳ありません」
 お見送りには先帝の側室であるケイビ様とあまり人前に出ないサラ様までいた。

「王帝がルラル様を起こさなくていいと」
 とミスズも私を擁護するが、それが余計に怒りに火をつける。
「そのような情交のあとを私たちに見せびらかして、本当に嫌味な子ね」
 ケイビ様のきつい口調よりも、
「あなた、王妃失格よ」
 というサラ様の声のほうが私には痛かった。

 いや、あなただって王妃になってないですよねという言葉は部屋に戻ってから頭に浮かんだ。喉元を通らなくてよかった。

 その日は大人しく本を読み、勉強に励む。妃の勉強って存在しない。慎ましい人がいいのだろうか。人当たりがいい人ならばケイビ様を取り込んだり、サラ様とも渡り合えるようになるのかもしれない。
 人の顔色を窺うくらいなら畑を耕すほうがましだ。

 他の候補たちだって己を磨いているに違いない。そう考えると余計に焦る。

「うーん。畑行こ」
 この季節の雑草の生え方は尋常ではない。

「あなた様はこんなことしている場合では…」
 とトベールじいまで口にするようになった。
「だって動いてないと嫌な想像ばかりしてしまうんだもの。そこの草むしりするわね。土が元気だから雑草もすごいわ」

 ヤギさんが食べても食べても追いつかない。城の馬でも投入してもらいたいが、野菜をかじられたら困る。

 今は夏野菜に向けての土づくり。ふかふかにしつつ、栄養を与える。気温というよりもこの国の土は柔らかい気がする。粘土質ではなく、さらさら。農業に適しているのだろう。かぼちゃも順調だ。うちの国の土はどうしたらこうなるのだろうか。

 トベールじいに質問しようと思っていたのに、
「トベール殿」
 とひょろりとしたオールバックの男性が先にじいに話しかける。
「おお、トッカ。あの件か。しかし本来は冬に掘り出すもの」
「なんの話?」
 私は聞いた。
「風邪薬のためにある植物の根を掘りたいのだが時期がちと遅い」
「今年の冬のためにもう少し備蓄をしておきたいのです」
 トッカ様もお連れが多い。その足元、さっき私が耕したんだけど。
 そういうむつかしい話は他でやってくれないかしら。いやん、お付きの人まで畑に入ってきた。大人数で踏み固めないで。

「山の奥へ行けばよいだろう。うちの者も連れて行け。すぐに根を探し出すから」
 口調から察するとトベールじいのほうが偉いのだろうか。トッカ様のほうが若いからかもしれない。
「ありがとうございます。おや、そちらはルラル様ですね」
 トッカ様の視線が私に向く。
「はい」
 他の姫たちより特徴がない、平凡な女だとその目が言っている。好きでこの顔なわけじゃないわ。
 私が美人というだけで王妃に選ばれるのであれば、他の人たちだってあんなに努力はしないだろう。きっと違うものをアルゼット様は求めている。
 私は母様が亡くなってしまっているから王妃の仕事についてわからないのだろうか。他国の姫のほうがいいのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~

志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。 自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。 しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。 身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。 しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた! 第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。 側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。 厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。 後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結】悪役令嬢と言われている私が殿下に婚約解消をお願いした結果、幸せになりました。

月空ゆうい
ファンタジー
「婚約を解消してほしいです」  公爵令嬢のガーベラは、虚偽の噂が広まってしまい「悪役令嬢」と言われている。こんな私と婚約しては殿下は幸せになれないと思った彼女は、婚約者であるルーカス殿下に婚約解消をお願いした。そこから始まる、ざまぁありのハッピーエンド。 一応、R15にしました。本編は全5話です。 番外編を不定期更新する予定です!

処理中です...