正妃になったらかぼちゃを作りたい

吉沢 月見

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 リオールと堆肥を凝視していると、
「またそんな汚いものを素手で触って」
 と耳障りな甲高い女の人の声が響いた。

「ケイビ様」
 リオールが腰を屈め、頭を下げる。
「ごきげんよう」
 私の言葉を無視して、
「仮にも妃候補が畑仕事なんて。秩序が乱れます」
 と言い放つ。

 ケイビ様は先帝が暗殺される直前に輿入れをした側室だ。他の側室たちは自国へ戻った人がほとんど。でもケイビ様は残った。他の側室たちに意地悪をしてだいぶ数を減らしてくれたから今回集められた妃候補にとっては女神なのか疫病神なのか。いつもベールをしていて素顔を見たことがない。それでも派手な口紅に目が行く。

「はぁ。でも土いじりをする王女はどの国にでもいると思いますが」
 バラを育てるのが得意とアピールしていた公女もいた。
「この国では…」また始まった。説教というよりも、この人は難癖をつけたいだけ。それで私たち妃候補を追い出して、自分が王帝の妃に収まりたいと考えているという噂話は本当のようだ。「だいたいそなたの従者はなぜ若い男なのです? 普通は侍女と決まっている。年頃の男女がそのように一緒にいては仲を疑われても仕方ないのでは?」
 敵意のみならず、悪意まで伝わる。私のことはなんと言われてもいい。立場上、リオールが反論するわけないとわかっているからって上から目線なのが気に入らない。

「それはそうですが、ケイビ様もこの国に来てまだ一年にも満たないそうで」
 そんな人に国の代表のような言い方をされても困る。ケイビ様の夫である先帝は悪政に嫌気がさした息子に殺され、王帝につくはずだった彼もまた打ち首になった。その結果、アルゼット様が王帝を継いだのだ。父と兄が争って、双方が亡くなった結果を彼はどう考えているのだろう。私だったら、寂しい。

「まったく、小娘が…」
 捨て台詞を吐いてケイビ様は畑から出て行ってくれた。彼女だってまだ20歳前後の小娘だろう。ちらりと見える横顔にはシミひとつない。
 ああ、畑にヒールで来ないでよ。でもこの穴、トマトやカブなどの小さな種を植えるときにちょうどいいかもしれない。

「畑のものが汚いというのなら、そこで作られた野菜を食べている自分が汚いって言ってるようなものと気づかないのかしら」
 だからどんどん腹黒くなるのよ。

 真っ正面から嫌味を言われるケイビ様のほうが発散をしている分ましなのかもしれない。まだ一度も姿を見ていないサラ様のほうが気になる。王帝につくはずだったアルゼット様の兄の婚約者。お城が広いから顔を合わさないだけなのか。それとも他に理由があるのかしら。
「ルラル様、そろそろ戻りましょう」
 リオールが声をかける。

 私はこの国の農機具の細やかさに感嘆している。
「どうやって柄をこの角度にするんだろう」
 振り下ろしたときに鋭角になるように考えつくされている。
「そうですね。鋤や鍬も種類がたくさんありますね」
 小さな道具は女の私でも扱いやすい。
「リオール、あなたちょっと城を抜けて商店を見てきなさいよ。買えるなら国に買って帰りましょう」
「無理を言わないでください。従者にも監視がついてますので」
「残念」
 トベールじいだからこれらを保有しているのか、一般的な人はどの程度の品で農作業に従事しているのか気になる。
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