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 船に乗って丸二日。

 サンズゲイト国はきれいな入り江があり、その周辺はもちろん、ずっと海沿いに細長くお店が立ち並んでいると聞いていた。山もあり、とにかく絶景らしい。大きな水車もあり、うちの国にはまだない電気も通っている場所もあるそうだ。私の国ではお金の問題でガス灯を廃止したから夜は真っ暗になってしまう。だから奪い合いが横行する。食料がないから奪うのだ。まずは食べ物が行き渡るようにしなくては。それに蝋燭では木の家は火事になりやすい。ある程度の家は石でできているが、まだまだバラック小屋のような家もある。
実際に来てみるとこの国との違いにびっくり。まず、人々に活気がある。私の国では疲れた民が道に横たわっていることすらある。
「ルラル様、足元にお気をつけくださいませ」
 船を下りる前から温かな空気が私の頬を撫でる。この国は自体が色鮮やかに見える。
「リオール、見て。あんなに大きなお魚。船もたくさん」
 うちの船よりも商船のほうが大きい。他にも豪華な船が近づいてくる。
「どこかの王族でしょう。ルラル様、お早く」
「うん」
 と返事をしつつも、今日のために誂えたドレスで動きにくい。

 海からの道もきれいに整備されている。石の形を整えているから歩きやすいんだわ。
 他の国の姫たちも次々と船から降りてくる。みんな、着飾っているな。あ、見下された。そりゃ私はあなたみたいに侍女に囲まれていないし、ご立派な胸もない。頭盛りすぎ、ウエスト細すぎ。こちらの姫様は艶やかな髪をしている。あちらの方は艶やかな装い。同性の私までうっとり見惚れてしまう。
 それに引き換え、私って本当に普通だな。熱気むんむんの中で自分を俯瞰する。
「ルラル様、参りましょう」
 リオールがまた日傘をひろげる。国にいたときはそんなのお構いなしだったのに。仕方ないわ。これでも王女、この国の妃を目指しているんだもの。
「ええ」
 街並みがきれい。石畳で歩きやすい。他の姫たちは船を下りてから数歩も歩かず、荷車のようなものに担がれるのを待つ列ができている。
「歩いたらいいのに」
 私は言った。待つよりも確実に前へ進める。
「歩けば靴の裏が汚れるという考えなのでしょうね」
 リオールとは昔のように手も繋げない間柄になってしまった。
 私は普通に歩いているつもりだが、ほっそい体にドレスをまとった美女たちを次々とごぼう抜き。坂道にヒールは歩き慣れていないときついわよね。畑仕事が日課だったおかげで私のつま先は悲鳴を上げない。姫を乗せたお輿も抜き去る。
 我が国の王宮も山の上にあるため海の近くに行くことも珍しかった。ここはうちと違って海と山が近いのね。美しい景色に見とれてしまう。

 関所のようなところで名前を聞かれた。
「バンロード国、第三王女ルラル様でございます」
 とリオールが答える。
「えっと、えっと」
 対応する人が少ないわけではないが、その書類には名前がずらり。そりゃそうだ。どこの国も、ここと国交を結びたいと思っている。王族だけではなく公爵令嬢などもいるようだ。招待性にすればこんなことにならないのだろうが、それならば私は来られなかったかもしれない。許可制だから、ここに名前のない人は来てもお払い箱なのだろう。ある程度の位があれば審査は通ったも同然? これでも私だって王女ですもの。
 メガネで髪をひっつめた女性が早口で説明をする。
「こちらが入城の証にございます。城に入りましたら係の者がご案内いたしますので」
 大変な仕事だな。というか、女性でもこの国は働けるのね。
「はい、ありがとうございます」

 私たちのような王女が集まれば、よからぬ輩も湧いてくる。
「助けて、泥棒」
 王族のものを盗めば、それなりの値打ちがあると踏んだのだろう。
「リオール、行って」
「はい」
 リオールは足も速い。泥棒をひっ捕らえ、守衛に引き渡す。
「ありがとうございます」
 盗まれた小袋には目のくらむような宝石がたくさん入っていた。侍女は中身を確認し、安堵した顔で幾度も頭を下げた。その侍女すら美しいのだから彼女が使える人はどんな人なのだろう。

「貢ぎ物でしょうか」
 リオールの顔に影が曇る。
「うちだって持って来たでしょう?」
「いいえ。持参金も不要とのことでしたので…」
 そうだった。リオールは馬鹿正直なのだ。それも長所ではあるが、私がこんなに他の姫より美貌も知性もないのだから手を考えてくれなくては困る。それが将来の宰相の役目でしょうが。
「そう、大丈夫よ。なるようになるわ」
 ここでリオールを責めても意味がない。この国もうちと一緒で急に王帝が変わったのだ。暗殺、逆賊という言葉が耳に入って来る。
 もしかしたらあの宝石たちは加工するために持って来たのかもしれない。この国の技術はすごいらしいから。それともどこぞの姫様の宝物とか。うん、そういうことにしよう。
 どうせ高価なものを持ち合わせていない我々には関係のないことだ。

「ルラル様、急ぎましょう」
 リオールが太陽を見上げる。
「ええ」
 港から城の入口までは石畳の一本道。多少の上り下りがあってかかととつま先が痛くなってきた。
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