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電車に揺られて、戻る。ここへ来た半月前にはもう戻れない。たーくんが殺された日にも遡れない。
帰りの電車の中でもクソ女はたっくんをどれほど好きなのか話した。いいな。私の好きな人は捕まっているし、むうちゃんの恋人は殺された。しばらくは恋なんてできそうにない。人を好きにはなってもその気持ちに振り回されたり、その人の人生に立ち入ったり責任を持てそうにないもの。
初恋をした地が遠ざかってゆく。誰にも話せないだろう。むうちゃん以外には。この間まで一緒にいて、プリンやヨーグルトを食べたのに、もうあの時間は戻らない。ミヤコちゃんはいないし、私も帰る。
むうちゃんは元気にもならず、私は苦しみを知った。いい旅だったとは思えない。でも変われたことは確かだ。私とむうちゃんは大事な人を失っても、生きる。特に一生懸命にはならず、目の前のことに真摯に取り組むだけだ。
大きな駅までは各駅で、そこからクソ女は新幹線に乗ると降りた。
「もう会うこともないんだろうな」
私は言った。
「たけし君?」
「違う。あの女」
「そうね。生きてる世界が違う感じがする。でもあの人は大成すると思う」
「絵が上手だから?」
「うん。そうしたら一緒に展覧会へ行きましょう」
むうちゃんとは約束ができるけれど、たけしくんとはもうできない。ミヤコちゃんとも。たーくんともだね。
乗客のいない2車両の電車にむうちゃんと揺られていた。このまま、別の場所へ行くことを提案したかった。すると、むうちゃんが口を開けた。
「あの日、たーくんが刺されたとき、私、流れる血を見ていたの。蘇生を怠った。死ねばいいと思ったわけじゃないの。ただ、刺されたらこんなに血が出て、体がこの向きだとこんなふうに流れるんだなってただ見てた」
「漫画家だからしょうがないよ」
肯定にも慰めにもならない私の言葉。
「そうなのよ」
「いつか役に立つよ」
そう言ってしまったら帰るしかない。むうちゃんには仕事が、私には義務教育が待っている。
「ユリカがいてよかった」
私は普通の体ながらとび箱も飛べないけれど、存在意義をむうちゃんが持ってくれている。勝手にだけど、それは私にとって頬を赤らめるくらい嬉しいことだ。
みぞおちはまた少し痛い。でもこれは胸の膨らみに比例してのことじゃない。今までは思ったことを言って好き勝手に生きてきたけれど、おっぱいが大きくなったらその隙間に押し込めなければいけない気持ちが女の子にはあるのだ、たぶん。
「今ならたーくんの絵に手が入れられそう」
むうちゃんが言った。
「手を入れてどうするの?」
「別に。完成させたいだけよ」
「むうちゃんの名前で発表するの?」
「それもいいわね」
きっとむうちゃんはそんなことしない。部屋に置いて愛でたり、どこかに寄付をしたりするのだろう。
「あ、おそば食べなかった」
むうちゃんが思い出したかのように手を叩いた。動きが古臭いのだ、この人は。そして私のママも、でもって私も。似ていてよかった。
「忘れてた」
原沢さんの料理が好きすぎて名産を食べ損ねた。
「また行こうね」
「うん」
生きてる。それだけでいいと思える日がきっと来る。あなたにも、きっと。
これからも私はたくさんの人に関わる。いい人もいれば嫌な人もいる。悪い人もいるかもしれない。見極められる人になりたい。
森の匂い、山の雄大さ、あの日の雲の動き、全部忘れない。ミヤコちゃんのことも。
大きくなって清濁併せ呑むような人になれたら、私はあなたに会いに行こうと思います。
おわり
帰りの電車の中でもクソ女はたっくんをどれほど好きなのか話した。いいな。私の好きな人は捕まっているし、むうちゃんの恋人は殺された。しばらくは恋なんてできそうにない。人を好きにはなってもその気持ちに振り回されたり、その人の人生に立ち入ったり責任を持てそうにないもの。
初恋をした地が遠ざかってゆく。誰にも話せないだろう。むうちゃん以外には。この間まで一緒にいて、プリンやヨーグルトを食べたのに、もうあの時間は戻らない。ミヤコちゃんはいないし、私も帰る。
むうちゃんは元気にもならず、私は苦しみを知った。いい旅だったとは思えない。でも変われたことは確かだ。私とむうちゃんは大事な人を失っても、生きる。特に一生懸命にはならず、目の前のことに真摯に取り組むだけだ。
大きな駅までは各駅で、そこからクソ女は新幹線に乗ると降りた。
「もう会うこともないんだろうな」
私は言った。
「たけし君?」
「違う。あの女」
「そうね。生きてる世界が違う感じがする。でもあの人は大成すると思う」
「絵が上手だから?」
「うん。そうしたら一緒に展覧会へ行きましょう」
むうちゃんとは約束ができるけれど、たけしくんとはもうできない。ミヤコちゃんとも。たーくんともだね。
乗客のいない2車両の電車にむうちゃんと揺られていた。このまま、別の場所へ行くことを提案したかった。すると、むうちゃんが口を開けた。
「あの日、たーくんが刺されたとき、私、流れる血を見ていたの。蘇生を怠った。死ねばいいと思ったわけじゃないの。ただ、刺されたらこんなに血が出て、体がこの向きだとこんなふうに流れるんだなってただ見てた」
「漫画家だからしょうがないよ」
肯定にも慰めにもならない私の言葉。
「そうなのよ」
「いつか役に立つよ」
そう言ってしまったら帰るしかない。むうちゃんには仕事が、私には義務教育が待っている。
「ユリカがいてよかった」
私は普通の体ながらとび箱も飛べないけれど、存在意義をむうちゃんが持ってくれている。勝手にだけど、それは私にとって頬を赤らめるくらい嬉しいことだ。
みぞおちはまた少し痛い。でもこれは胸の膨らみに比例してのことじゃない。今までは思ったことを言って好き勝手に生きてきたけれど、おっぱいが大きくなったらその隙間に押し込めなければいけない気持ちが女の子にはあるのだ、たぶん。
「今ならたーくんの絵に手が入れられそう」
むうちゃんが言った。
「手を入れてどうするの?」
「別に。完成させたいだけよ」
「むうちゃんの名前で発表するの?」
「それもいいわね」
きっとむうちゃんはそんなことしない。部屋に置いて愛でたり、どこかに寄付をしたりするのだろう。
「あ、おそば食べなかった」
むうちゃんが思い出したかのように手を叩いた。動きが古臭いのだ、この人は。そして私のママも、でもって私も。似ていてよかった。
「忘れてた」
原沢さんの料理が好きすぎて名産を食べ損ねた。
「また行こうね」
「うん」
生きてる。それだけでいいと思える日がきっと来る。あなたにも、きっと。
これからも私はたくさんの人に関わる。いい人もいれば嫌な人もいる。悪い人もいるかもしれない。見極められる人になりたい。
森の匂い、山の雄大さ、あの日の雲の動き、全部忘れない。ミヤコちゃんのことも。
大きくなって清濁併せ呑むような人になれたら、私はあなたに会いに行こうと思います。
おわり
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