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部屋に戻るとむうちゃんは静かに漫画を描いていた。猫背で、前髪をピンでとめて、息をするのも忘れてしまっているようだ。そう、この集中力がたーくんにはなかった。ふっーっと息を吐くように色を塗るのだけれど、厚みがない。真剣味が足りない。それを補う努力もしない。たーくんは気づいていたのかな。
むうちゃんの邪魔をしたくはなかった。幸いなことに、廊下の隅に本棚があり、漫画から洋書まで揃っていた。それを読んでいるとむうちゃんが、
「学校の授業と同じ科目をしたら?」
と言った。
「勉強はそこそこできるんだ。たぶんむうちゃんとたーくんのおかげ」
「たーくんは頭がいいっていうか、いいふりをしていただけよ。それでも私も助かったな。いろんなこと知っていたから」
「うん」
「気を抜くとすぐに同級生に抜かされちゃうよ」
「わかったよ」
花の辞典があったのでそれを開いて勉強しているふりをした。久々にむうちゃんが仕事をしている姿を見たら、やはり人間離れしていると思う。素早く手を動かす。手描きのときはなにかを貼り、ふうっと息を吐いてカスを払っていたな。
淡々と、一貫して同じことを繰り返す。たまに自分の手を握ってみたり、足を見たり、目を閉じてイメージしている。手のひらサイズの人体模型を動かしてみたりもする。むうちゃんの恋愛漫画はわかりやすい。女の子が男の子を好きというだけ。大きな邪魔は入らないし、事件も起きない。でもそれが共感を呼んでいるようにも思う。魔族の血を受け継いでいる女の子なんてゼロに等しい。普通の女の子が普通に恋をしたって、なにかしらある。むうちゃんはそういうのを描いている。エッセイは大人向けで、下世話な話も書く。まさか今回のたーくんのことまでネタにしないだろうか。やりかねない。おもしろく脚色しそうだ。
昼食はパスタだった。
「おいしい」
「生めんなの」
と原沢さんが言った。
「それでこの弾力なんですね」
むうちゃんのせいにするつもりはないけれど、大きくなったら私は何かのお店を持とうと思う。パン屋でも美容室でもいい。そう、パスタ屋さんでもいい。私は一階で仕事をしてむうちゃんは二階で漫画を描く。大きな努力をしなくても、きっとそうなる。問題なのは、それを許容してくれる恋人はいらないから、旦那さんを早く見つけよう。見つけられるだろうか。変わり者でいいから優しい人がいい。贅沢を言うと既にお店を持っている人を探したい。職人さんでもいいし、第一産業に関わる人でもいい。むうちゃんの仕事は手伝えない。何度も挫折した。だから自分でやるか、何かをやる人を手伝ってむうちゃんと生きてゆきたい。むうちゃんがまた誰かを好きになって、気楽にその人についてゆくというのならそれでもかまわない。親の老後よりもむうちゃんの心配をするのはお門違いだろうか。
むうちゃんの邪魔をしたくはなかった。幸いなことに、廊下の隅に本棚があり、漫画から洋書まで揃っていた。それを読んでいるとむうちゃんが、
「学校の授業と同じ科目をしたら?」
と言った。
「勉強はそこそこできるんだ。たぶんむうちゃんとたーくんのおかげ」
「たーくんは頭がいいっていうか、いいふりをしていただけよ。それでも私も助かったな。いろんなこと知っていたから」
「うん」
「気を抜くとすぐに同級生に抜かされちゃうよ」
「わかったよ」
花の辞典があったのでそれを開いて勉強しているふりをした。久々にむうちゃんが仕事をしている姿を見たら、やはり人間離れしていると思う。素早く手を動かす。手描きのときはなにかを貼り、ふうっと息を吐いてカスを払っていたな。
淡々と、一貫して同じことを繰り返す。たまに自分の手を握ってみたり、足を見たり、目を閉じてイメージしている。手のひらサイズの人体模型を動かしてみたりもする。むうちゃんの恋愛漫画はわかりやすい。女の子が男の子を好きというだけ。大きな邪魔は入らないし、事件も起きない。でもそれが共感を呼んでいるようにも思う。魔族の血を受け継いでいる女の子なんてゼロに等しい。普通の女の子が普通に恋をしたって、なにかしらある。むうちゃんはそういうのを描いている。エッセイは大人向けで、下世話な話も書く。まさか今回のたーくんのことまでネタにしないだろうか。やりかねない。おもしろく脚色しそうだ。
昼食はパスタだった。
「おいしい」
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むうちゃんのせいにするつもりはないけれど、大きくなったら私は何かのお店を持とうと思う。パン屋でも美容室でもいい。そう、パスタ屋さんでもいい。私は一階で仕事をしてむうちゃんは二階で漫画を描く。大きな努力をしなくても、きっとそうなる。問題なのは、それを許容してくれる恋人はいらないから、旦那さんを早く見つけよう。見つけられるだろうか。変わり者でいいから優しい人がいい。贅沢を言うと既にお店を持っている人を探したい。職人さんでもいいし、第一産業に関わる人でもいい。むうちゃんの仕事は手伝えない。何度も挫折した。だから自分でやるか、何かをやる人を手伝ってむうちゃんと生きてゆきたい。むうちゃんがまた誰かを好きになって、気楽にその人についてゆくというのならそれでもかまわない。親の老後よりもむうちゃんの心配をするのはお門違いだろうか。
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