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 目覚ましをかけていないのに7時に目が覚めた。むうちゃんも起きていた。パソコンに向かっていた。
「おはよう」
 と言うと、
「おはよう」
 と返答が帰ってきた。
「もう仕事?」
 起き抜けで私はぼんやりしてしまう。
「ネットをつなげてないからはかどるわ。空気もおいしいしね」
「そういうもの?」
「うん。早速ここにきてよかったと思ってる」
 と言い切ると、むうちゃんはトイレに駆け込んだ。壁一枚隔てたトイレからはむうちゃんのおしっこの音がした。家族仕様の部屋だな。民宿に連泊することは珍しいのかな。

 朝食はクロワッサンと卵とスープだった。
「和食がよかったら言ってください。嫌いなものがあったら書いておいて」
 原沢さんは今日も優しい。むうちゃんは匂いの強い葉っぱ、ホタテの貝柱以外の貝と書いた。私はイクラとナスと書いた。
「ナス嫌いなの?」
 むうちゃんが聞いた。
「うん。だってあの色気持ち悪いじゃん」
「たーくんと同じこと言ってる」
 むうちゃんはそのあとで深い息を吐いた。私たちはあと幾度、このやり取りを繰り返すのだろう。後悔じゃない。つい言葉にしてしまうのだ。たーくんとの共通項なんて私は欲しくない。

 朝食を食べ、部屋に戻るとむうちゃんはまたトイレに入った。私はラクのところに出向いた。一人にしたらちゃんと泣くかな。まだ号泣してないんじゃないだろうか。たーくんが死んだことは理解しているだろう。受け入れて、だからここにいる。

「おはよう」
 ラクはしっぽを振った。ラクの頭を撫でていると原沢さんが水を汲んで来た。
「ラク、ごめんね。お水あげるの忘れちゃった」
 ラクはすごい勢いで水に口を突っ込んだ。
「散歩、これからですか?」
「ううん。もう行ってきたところ」
 遅かったようだ。
「そうですか。じゃあ明日はもっと早起きします」
「お昼どうしようか?」
 原沢さんは困り顔。旅館だから原沢さんではなく女将さんと呼ぶべきなのだろうか。
「もうお昼?」
「お客様に三食出すなんてあまりないことだから」
 確かにこんな長期滞在滅多にないのだろう。しかも事情が恋人を亡くしてそれでも仕事をしようと頑張っている女とその姪。会話にだって気を使う。
「すいません。むうちゃんと献立考えておきます」
「助かる。あと掃除はどうするか聞いておいて。私がしてもいいし、部屋に入られるのが嫌なら掃除道具を貸すから」
「はい、わかりました」
 私とむうちゃんが急に原沢さんの生活に紛れこんできて、さぞかしご迷惑をかけているだろう。女に生まれてきてよかった。甥だったらここには来れなかった。でも男の子だったらたーくんみたいにぐいぐいとむうちゃんを旅行に引っ張り出せたかもしれない。

 山がやっぱり近いな。ぐっと迫ってきそうだ。クラスに好きな男の子でもいたら、数日会えないだけでこんな小さな胸でも痛むのだろうか。
 たーくんも山が好きだった。こんな山を見たならきっと緑の絵を描きたがっただろう。すぐに影響をされるタイプだったから。芸術家としてはなにかが足りなかった。凝縮して発散するタイプではなく、さらさらしていた。外は外の音がする。遠くに車が走る、草木が揺れる、小さな動物がきっとそのへんで動いている。
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