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 部屋に戻ると私はテレビを見て、むうちゃんは漫画を描き続けた。互いに黙っていた。うとうとしてもたーくんの気配は感じなかった。おばけなんていないのかもしれない。じゃあ私がいつも美術館で金縛りに遭うのはなぜなのだろう。
 あれ? まだ誰もたーくんの死に泣いていないんじゃないかな。ご家族はどうなんだろう。家族って誰がいるのだろう。たーくんのこと、あれだけ一緒にいたのに何も知らない。殺されるようなひどい人ではなかったと思うのは私だけかな。
 胸がちくりとするだけで、私も泣けない。
 私は寝れたけれど、むうちゃんは寝られないようだった。仕事のせいで、たーくんのせいではないようだ。
 刻々とたーくんがいない時間が過ぎてゆく。増えてゆく。それを止める術はどこにもない。
 死んじゃうのはずるいね。希望が皆無。私は小さいときから食べている熊の形のパン

 翌朝、ママと父が迎えに来た。
「ほらむつみ、富山行くんでしょ?」
 とむうちゃんを急かす。
「明日でいいじゃん」
「だめよ」
 むうちゃんはしぶしぶバッグに荷物を詰め込んだ。
「ユリカ、あとでそれポストに投函して」
「はーい」
 父の運転する車でママとむうちゃんを駅まで送った。むうちゃんはママに引っ張られるようにやっと歩いていた。駅にポストがあったので原稿を入れた。むうちゃんは人気漫画家なのに、原稿を郵送する。そうすると売れると信じ、ゲンを担いでその方法をやめない。メールのほうがお金がかからないし盗まれる心配もない。ゲンを担いだところで、大事な人が殺されてしまうのだから、無意味なんじゃないだろうか。

 土曜に父と二人っきりだと父はお昼にピザを取ってくれて、夜はラーメンか回転ずしに連れて行ってくれる。明日もあるのだからそのいずれも食べなくてはないらないだろう。ちょっと胃がもたれているのはたーくんが死んだせいかな。
「ママ仕事休んだの?」
「事情が事情だからね。むうちゃんとたーくんが正式に結婚していたらたーくんはパパとママの義理の弟になって、ユリカのおじさんだから、パパもユリカもお葬式に行ったと思うよ」
「今は行かなくていいの?」
「他人だから。ユリカはたーくんと仲がよかったから行ってもよかったけど、もしもむうちゃんがすごく泣いて、取り乱してしまったら、ママがむうちゃんの面倒を見て、ユリカのことに目がいかなくなってしまうから置いて行ったんだよ」
 そんなに丁寧に言わなくてもわかるよ。でも私がもう少し大人ならむうちゃんを慰めたり、同行もできたのかもしれない。
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