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 むうちゃんは家にいて、数日前と同じように漫画を描いていた。その姿に驚いたというよりも、ぞっとした。
「仕事、休めないの?」
 私は尋ねた。
「ひとつは休んだけど、こっちは今日が締め切りだから」
 タブレットを駆使し、むうちゃんは絵を描いていた。
「そう」
「お茶、自分で淹れて」
「はーい」
 いつもみたいだ。たーくんがいないだけ。死んじゃっただけ。殺されただけ。それだけ。

 たーくんの描きかけの絵はどうするのだろう。まだそこにあった。それを見ても私の足は固まらなかった。たーくんがもう成仏したということなのだろうか。
 もっと色彩の強いもの、激しいもののがたーくんの気性には合っていたように思う。
「ママが心配してたよ」
 むうちゃんの分もお茶を淹れて私は言った。
「私が殺されたわけじゃないんだし、元気じゃないけど元気だって言っておいて」
 紙で漫画を描いていたときは机に水分を置くと睨まれたけど、デジタルになってからは怒らなくなった。そっちのほうが水に濡れるとまずいと思うのだけれど。
「ママもお父さんも仕事を休んだのに」
「そうなの? 無関係なのにね」
 むうちゃんが目を丸くした。
「確かに」
 比較できることがないからわからないけれど、恋人が殺されてもこんなものなのかな。憎悪とかないのかな。悲しみがないはずない。
 もう使わないたーくんの湯のみが流しに転がっていた。どうするんだろう。お茶碗もスプーンもフォークも二人は色違いのものを使用していたのに、むううちゃんはその片割れを使い続けられるのだろうか。
「たーくんね、解剖が終わって、実家のある富山に帰ったの。もうここから何100キロも離れたところにいるのよ。明日お通夜で、あさってがお葬式」
「むうちゃん行くの?」
「そりゃねえ」
 とまた歯切れが悪い。
「私は?」
 子どもぶって聞いてみる。
「どっちでも」
「そうだよね」
 親戚ですらない。
「でもユリカかお姉ちゃんにはついて来てほしいな。知らない人ばかりのところで、一人じゃ寂しいし」
「うん」

 たーくんの絵を見ると、小さく女の人が描かれていた。これはむうちゃんなのかな、それともたーくんを殺した女なのかな。そうだとしたら塗り潰してやりたい。
「そうだ。オムライス食べに行こう」
「まだ食べたいの?」
「うん」
 むうちゃんはようやく筆を置いた。猫背を伸ばしてあくびして、メガネも外した。ああ、むうちゃんもたーくんがいたときと変わっていないと私は感じた。
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