9 / 53
8
しおりを挟む
むうちゃんは家にいて、数日前と同じように漫画を描いていた。その姿に驚いたというよりも、ぞっとした。
「仕事、休めないの?」
私は尋ねた。
「ひとつは休んだけど、こっちは今日が締め切りだから」
タブレットを駆使し、むうちゃんは絵を描いていた。
「そう」
「お茶、自分で淹れて」
「はーい」
いつもみたいだ。たーくんがいないだけ。死んじゃっただけ。殺されただけ。それだけ。
たーくんの描きかけの絵はどうするのだろう。まだそこにあった。それを見ても私の足は固まらなかった。たーくんがもう成仏したということなのだろうか。
もっと色彩の強いもの、激しいもののがたーくんの気性には合っていたように思う。
「ママが心配してたよ」
むうちゃんの分もお茶を淹れて私は言った。
「私が殺されたわけじゃないんだし、元気じゃないけど元気だって言っておいて」
紙で漫画を描いていたときは机に水分を置くと睨まれたけど、デジタルになってからは怒らなくなった。そっちのほうが水に濡れるとまずいと思うのだけれど。
「ママもお父さんも仕事を休んだのに」
「そうなの? 無関係なのにね」
むうちゃんが目を丸くした。
「確かに」
比較できることがないからわからないけれど、恋人が殺されてもこんなものなのかな。憎悪とかないのかな。悲しみがないはずない。
もう使わないたーくんの湯のみが流しに転がっていた。どうするんだろう。お茶碗もスプーンもフォークも二人は色違いのものを使用していたのに、むううちゃんはその片割れを使い続けられるのだろうか。
「たーくんね、解剖が終わって、実家のある富山に帰ったの。もうここから何100キロも離れたところにいるのよ。明日お通夜で、あさってがお葬式」
「むうちゃん行くの?」
「そりゃねえ」
とまた歯切れが悪い。
「私は?」
子どもぶって聞いてみる。
「どっちでも」
「そうだよね」
親戚ですらない。
「でもユリカかお姉ちゃんにはついて来てほしいな。知らない人ばかりのところで、一人じゃ寂しいし」
「うん」
たーくんの絵を見ると、小さく女の人が描かれていた。これはむうちゃんなのかな、それともたーくんを殺した女なのかな。そうだとしたら塗り潰してやりたい。
「そうだ。オムライス食べに行こう」
「まだ食べたいの?」
「うん」
むうちゃんはようやく筆を置いた。猫背を伸ばしてあくびして、メガネも外した。ああ、むうちゃんもたーくんがいたときと変わっていないと私は感じた。
「仕事、休めないの?」
私は尋ねた。
「ひとつは休んだけど、こっちは今日が締め切りだから」
タブレットを駆使し、むうちゃんは絵を描いていた。
「そう」
「お茶、自分で淹れて」
「はーい」
いつもみたいだ。たーくんがいないだけ。死んじゃっただけ。殺されただけ。それだけ。
たーくんの描きかけの絵はどうするのだろう。まだそこにあった。それを見ても私の足は固まらなかった。たーくんがもう成仏したということなのだろうか。
もっと色彩の強いもの、激しいもののがたーくんの気性には合っていたように思う。
「ママが心配してたよ」
むうちゃんの分もお茶を淹れて私は言った。
「私が殺されたわけじゃないんだし、元気じゃないけど元気だって言っておいて」
紙で漫画を描いていたときは机に水分を置くと睨まれたけど、デジタルになってからは怒らなくなった。そっちのほうが水に濡れるとまずいと思うのだけれど。
「ママもお父さんも仕事を休んだのに」
「そうなの? 無関係なのにね」
むうちゃんが目を丸くした。
「確かに」
比較できることがないからわからないけれど、恋人が殺されてもこんなものなのかな。憎悪とかないのかな。悲しみがないはずない。
もう使わないたーくんの湯のみが流しに転がっていた。どうするんだろう。お茶碗もスプーンもフォークも二人は色違いのものを使用していたのに、むううちゃんはその片割れを使い続けられるのだろうか。
「たーくんね、解剖が終わって、実家のある富山に帰ったの。もうここから何100キロも離れたところにいるのよ。明日お通夜で、あさってがお葬式」
「むうちゃん行くの?」
「そりゃねえ」
とまた歯切れが悪い。
「私は?」
子どもぶって聞いてみる。
「どっちでも」
「そうだよね」
親戚ですらない。
「でもユリカかお姉ちゃんにはついて来てほしいな。知らない人ばかりのところで、一人じゃ寂しいし」
「うん」
たーくんの絵を見ると、小さく女の人が描かれていた。これはむうちゃんなのかな、それともたーくんを殺した女なのかな。そうだとしたら塗り潰してやりたい。
「そうだ。オムライス食べに行こう」
「まだ食べたいの?」
「うん」
むうちゃんはようやく筆を置いた。猫背を伸ばしてあくびして、メガネも外した。ああ、むうちゃんもたーくんがいたときと変わっていないと私は感じた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
『ヘブン』
篠崎俊樹
ライト文芸
私と、今の事実婚の妻との馴れ初めや、その他、自分の身辺のことを書き綴る、連載小説です。毎日、更新して、書籍化を目指します。ジャンルは、ライトノベルにいたします。どうぞよろしくお願いいたします。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
その溺愛は伝わりづらい
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】
【続編も8/17完結しました。】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
煙の向こうに揺れる言葉
らぽしな
ライト文芸
自分たちなりに愛しているからこそなかなか言いたいことが言えない佐々木夫婦。妻の千草(ちぐさ)は少しずつ心に傷を負い、夫の匡尋(まさひろ)はタバコを吸う口実に自分の居場所へと逃げてしまう。そんなもどかしい夫婦へ手を差し伸べた友人がしてあげたことは…。
麗しき女性監督「如月麗奈」
green
ライト文芸
如月麗奈はバーテンダーとして働く二十七歳。
彼女は高校までソフトボールに打ち込んできた。
ある日、来店した一人の客が麗奈にある話を持ち掛ける。
それは…。
君の世界は森で華やぐ
水城ひさぎ
ライト文芸
春宮建設で秘書として働いていたゆかりは、順風満帆な人生に物足りなさを感じていた。思い切って新しい人生を歩もうと考えていたところ、春宮建設専務の明敬との縁談が持ち上がる。
縁談を断りきれず、家出したゆかりが向かったのは、小学生の頃に訪れたことのある白森の地だった。
白森を訪れたゆかりは、絵描きの青年、寛人に出会う。変わり者の寛人に次第に惹かれていくゆかりだが、寛人が明敬の弟だと判明して……。
灰かぶり姫の落とした靴は
佐竹りふれ
ライト文芸
中谷茉里は、30手前にして自身の優柔不断すぎる性格を持て余していた。
春から新しい部署となった茉里は、先輩に頼まれて仕方なく参加した合コンの店先で、末田皓人と運命的な出会いを果たす。順調に彼との距離を縮めていく茉莉。時には、職場の先輩である菊地玄也の助けを借りながら、順調に思えた茉里の日常はあることをきっかけに思いもよらない展開を見せる……。
第1回ピッコマノベルズ大賞の落選作品に加筆修正を加えた作品となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる