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 それなのに、数日後、朝起きたら多くのことが様変わりしていた。まず、たーくんが死んでしまった。ママはそのことを急かすように、まくしたてるように私に伝えた。女の人に刺されて、それが浮気という類のせいであることは窺えた。死んじゃったたーくんのことよりも私は生きているむうちゃんが心配だった。それはママも同じで、一秒でも早く近くに行ってあげたかったので、薄暗い道を父の運転する車で病院に向かった。

 ママたちは大人に呼ばれて、私はむうちゃんの横に座った。
「大丈夫?」
 と言うと、
「子どものくせに」
 と笑った。
 むうちゃんは猫背を更に丸めて、もう何年のそこにある置物のように長椅子に沈むように座っている。
「いつ?」
 私は聞いた。
「朝方」
 と答えて、むうちゃんは深い息を吐いた。
「寝てないの?」
「警察から電話が来るまでは寝てた」
「そう」
 どうしてあげることもできなく、ただ隣に座っていた。不思議なことにむうちゃんからは寂しさが伝わってこなかった。それよりも疲労に憤りが混じったものが感じられた。締め切りが近いせいかな。
「電話してくる。担当に。あ、でもまだ早いかな。あの人ならいいか」
 何度も立ったり座ったりをするむうちゃんは、やはり普段通りではない。
「10円ならあるよ」
「うん、ありがとう」
 末端冷え性の冷たい指先で私の手から20円を持って、赤とオレンジの中間色のダッフルコートを着てとぼとぼと歩いて行った。

「むつみは?」
 ママが鬼の形相で私を睨みつけた。
「電話してくるって」
「ちゃんと見てなきゃだめじゃない」
 ママは怒鳴るというよりも、振り絞った声だった。いけないことをしたんだと瞬時に思った。駆け出したママとは違い、私は座ったままだった。むうちゃんは紙コップのココアを買ってきてくれた。それは口の中の皮をべらべらにさせるほど熱かった。
「熱いね」
 むうちゃんが言った。
「うん」
「しかも甘すぎ」
「これからどうなるの?」
 私は聞いた。
「さあ。たーくんの親にも連絡がいってるから、あちらが葬儀のこととか決めるんじゃないかな」
「仕事は?」
「私の?」
「たーくんの」
「仕事っていっても、たーくんは好きな絵を描いていただけだから」
 息を切らして戻って来たママはむうちゃんに駆けよって、ぎゅっと抱き寄せた。
「心配かけないで」
 泣きそうなのはママのほうだった。
「お腹すいたな。ユリカとオムライス食べてくる」
「えっ?」
 と私とママは同時に発した。

「ユリカ、行こう」
 手を引っ張るでもなく、むうちゃんがずんずん歩いていってしまうので仕方なくあとを追った。ママは何も言わずに私の手に三千円をねじ込んだ。
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