上 下
2 / 53

しおりを挟む
 むうちゃんは漫画家さんで、たーくんは絵描きさんだった。二人とも絵がとても上手だった。対照的ではある。手に取れるものとそうではないもの、現実的なものと抽象的なもの。まるで二人みたい。子どもの私には似ているようには感じられない。たーくんは筆で、むうちゃんはタブレットみたいなものを使い描き進める。どちらの絵も私は好き。

 二人とも私に絵を教えてくれるのだけれど、そのときだけ私はたーくんに疑問を抱いた。むうちゃんは私に、
「自由に描けばいい」
といつも言う。たーくんは、
「よく見て、忠実に描け」
 と命令する。自分だってピカソを尊敬し、ダリを敬愛しているくせに。基礎が大事なことは承知している。なんだってそう。1+1ができないとそれ以上の数式は解けない。

 学校が終わると私はなぜか二人の家に滞在している。そして普通の子どもようにテレビやゲームには向かわず、宿題をしながらむうちゃんとたーくんを見ている。二人はどこにいても絵を描いていることが多かった。宿題を終えると私も絵を描く。その姿勢は、明らかに二人には劣っている。だって私は絵でお金を得ていない。
「もっとちゃんと描けない?」
 たーくんは眉間にしわを寄せて言った。
「描いてるよ」
「影が多すぎるよ。暗い。よく見て」
 たーくんは画集をたくさん持っていた。絵を教わるよりも、それらを見るほうが私は好き。
「私は小磯良平さんが好き」
「彼は洋画家だよ」
「知ってる」
「僕は日本画家だよ」
「うん、知ってる」

 たーくんは有名じゃなくて、仕事は文芸誌の表紙くらいで、それも来月からパソコンで作るからと言われ、無職になりそうなのよね。対してむうちゃんは漫画が四十万部ほど売れ、どえらい金を手にしていた。それなのにたーくんは、
「お前は漫画家だからな」
 とむうちゃんのことを格下に見ているようだった。忙しいむうちゃんは時間の無駄とばかりに反論しない。ははっと笑い飛ばすくらいだ。しかし私から見てもむうちゃんのほうが稼いでいることが窺えた。連載を抱えているし、同じ家の中にいても、時間の速度が別次元のよう。むうちゃんはすっごい忙しいのにアシスタントを雇わず、限界のときはたまに出版社の人を手伝わせていた。むうちゃんは、
「人に何かを伝えるのには語彙が足りない」
 と言うばかりで、だったら語彙を増やしたらいいのに、すーっと自分の世界に入って、そこにはたーくんさえもいない。もちろん私もいない。いるのは二次元の男の子と女の子。私とそんなに歳の変わらないその子たちはもう愛だの恋だのにうつつをぬかし、周囲を困らせている。たーくんが手伝ったらいいのに。むうちゃんのことをよくわかっているのはたーくんだし、たーくんならむうちゃんの少ない語彙でも感じ取ってむうちゃんの望む絵を描いてくれるはず。たーくんはしない。よもや、デジタルでは描けないのだろうか。それがプライドというものであることがまだわからないほど私は幼い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

ままならないのが恋心

桃井すもも
恋愛
ままならないのが恋心。 自分の意志では変えられない。 こんな機会でもなければ。 ある日ミレーユは高熱に見舞われた。 意識が混濁するミレーユに、記憶の喪失と誤解した周囲。 見舞いに訪れた婚約者の表情にミレーユは決意する。 「偶然なんてそんなもの」 「アダムとイヴ」に連なります。 いつまでこの流れ、繋がるのでしょう。 昭和のネタが入るのはご勘弁。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた、妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王妃の手習い

桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。 真の婚約者は既に内定している。 近い将来、オフィーリアは候補から外される。 ❇妄想の産物につき史実と100%異なります。 ❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。 ❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。

処理中です...