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★離れない
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イベント出店の依頼があった。シュークリームを200個。作れないこともないが、
「キッチンカーも冷蔵庫もないですから」
と断る。
「出たらいいのに」
利紗子が言う。そもそも利紗子がどこからか聞きつけた話で、また勝手に承諾しそうな勢いだった。
「食中毒でも出たらお店をやっていけなくなる」
その怖さが利紗子にはいくら説明をしても伝わらない。昔と違って逃げられない。私は開き直れる性格じゃない。
悩んだけれど、コーヒーのみ提供することにする。
野菜を売る農家さんもいたし、遠くから帽子を売りに来た作家さんもいた。黒田さん家族もいた。
「いい宣伝になるわよ」
日よけのスカーフを頭から巻いた奥さんが言う。
「そう思ったんですが、冷蔵庫とかも買わないと。持ち出しを想定していないので食中毒とかも心配ですし」
「そうね。ま、次はうちの使ってよ」
奥さんは商売上手。旦那さんは広場で子どもたちとフリスビーで遊んでいる。
陶器を売る人、アクセサリーを作る人、
「ありがとう」
の言葉が行き交う、こういう空間は嫌いじゃない。
利紗子はヘチマの化粧水を売られそうになっている。押しに弱いのだ。だから私と付き合っているのだろうか。押したつもりもないけど。
「利紗子、手伝って」
助け舟を出すと、くるりと振り返って犬のように駆け戻ってきた。
「もう少しで買っちゃうところだった」
「気に入ったのなら買えばいいのに」
利紗子は化粧水を変えない主義。私はなんだっていい。そのおかげで利紗子にくっついて遠出ができるからいいのだけれど。利紗子が使っている化粧品は日本のメーカーのものなのだが、取り扱っているブランドがいろいろあって、それだけで私はややこしい。要するにちょっと高いやつ。
今日も仕事のはずなのに、利紗子は膝丈スカート。周囲の男の目が気にならないのだろうか。その下にうっすいパンツだけで無防備すきない? 私は利紗子にしか足を見せたくないが、それとこれとは別問題なのだろうか。
プリン屋さんが出店していたからシュークリームではかぶる。クッキーだけは持ってきてよかった。
広場と空きテナントを活用したイベントらしい。源基にも声がかかったようだが、おじさんがだいぶ弱気になったらしく、出店は断っていた。青空の下で散髪もいいだろう。
「郁実、お昼は角煮丼ね」
利紗子がのぼりの揺れるキッチンカーを指さす。
「うん」
グリーンカレーがいい。私はそっちにして分け合ってもいいのに、利紗子は同じものを食べたがる。分け合うのを嫌う潔癖でもない。
天気のいい日で小さなカップのアイスコーヒーがよく売れた。100円でも氷のおかげでほぼ利益。
「うちに帰ったらコーヒー豆を注文しないと」
余分に持って来たが、店の分が足りなくなってしまう。
「スマホ貸して。やっておく」
利紗子が秒ですませてくれる。
子どもの笑い声が耳障りでなくなった。利紗子が目を細める。
「見て。あの子の帽子、あんなにちっちゃい麦わら。かわいい」
利紗子の人生の邪魔をしているのだろうか。子どもが欲しいなら別れるべきだ。それなのに利紗子は、
「アイスコーヒーだけじゃ飲めない子どももいるから来年はせめてジュースも出そうね」
とメモをする。来年のことを考えてくれるだけで、嬉しい。
偵察を兼ねてうろつきながら、カゴバックを買って利紗子が戻ってきた。それって今日の利益くらいになるんじゃないだろうか。
「かわいい。ちょうどこういうの欲しかったの、うふふ」
その顔が見れたから良しとしよう。
コーヒーはあるのに紙コップがなくなったところで営業終了。午後からは風も強くなって食べ物を買ったお客さんが大変そうだった。公園だから砂が舞う。来年のために対策を考えよう。ワゴンの車が積みやすい。これをもらえたことも巡り合わせだ。椅子とパラソルとテーブル、これだけあればキャンプにも行けそう。キッチンカーで全国津々浦々行けたら楽しいけれど利紗子は自分の仕事ができないだろうし、営業許可も面倒臭そう。
家に帰って100円玉を利紗子と数える。私はそういう作業が嫌い。手にお金の匂いもつく。それって卑しい気がして。
銀行のATMなら数秒だ。
「郁実、既に一万越えだよ」
「そうだね」
利紗子はこういうことが好きみたい。
「もっと焼き菓子も作ればよかったね。郁実のブラウニー初めて食べた。クルミとドライフルーツのがおいしかった」
それらもほぼ完売。
「うん。店のパンフだけ持って行ってくれた人もいたから、ここまで足を運んでくれるかもね」
「そうだといいな」
利紗子がホームページのビューを気にする。
「利紗子のおかげ」
「いや、そんな」
「今日も手伝ってくれてありがとう」
顔を手で覆う利紗子がかわいい。本当ならこの半分のお金を欲するはずなのに、利紗子だってお金の大切さはわかっているはずなのに、口にしない。
人間も動物だけれど、他の動物のように繁殖期が決まっていたり、冬眠がなくてよかった。
いつもで利紗子に触れたい。
「利紗子、限界」
時々、自分の中の利紗子が減る。補充しないと足りなくなる。水分、塩分、利紗子分。いや、もっと根本的なお腹がすくレベル。その上唇を食べてしまいと思う。
「郁実…」
こんなことをしても子どもはできない。それでも人としてあなたを欲する。男と女のセックスだって、おでこにキスをしたり、意味のない無駄なこともするんでしょ?
「くすぐったいよ」
顔にかかる利紗子の息のほうがこそばゆい。利紗子を気持ちよくさせたい。男だったら違ったのだろうか。
利紗子には言わなかったが、源基のお父さんにはあれをぐりぐりこすりつけられた程度。柔らかいようで硬い、ういろうは好きだけど、気持ちの悪い感触だった。
利紗子の体ならばどこでも舐められる。私の恐怖を利紗子が拭うように、利紗子の不安も消せたらいいな。眠る利紗子の頬を撫でる。チョウチンアンコウならよかった。セックスをしたまま利紗子に溶けたい。こんなことを考える私は歪んでいるのだろう。
「キッチンカーも冷蔵庫もないですから」
と断る。
「出たらいいのに」
利紗子が言う。そもそも利紗子がどこからか聞きつけた話で、また勝手に承諾しそうな勢いだった。
「食中毒でも出たらお店をやっていけなくなる」
その怖さが利紗子にはいくら説明をしても伝わらない。昔と違って逃げられない。私は開き直れる性格じゃない。
悩んだけれど、コーヒーのみ提供することにする。
野菜を売る農家さんもいたし、遠くから帽子を売りに来た作家さんもいた。黒田さん家族もいた。
「いい宣伝になるわよ」
日よけのスカーフを頭から巻いた奥さんが言う。
「そう思ったんですが、冷蔵庫とかも買わないと。持ち出しを想定していないので食中毒とかも心配ですし」
「そうね。ま、次はうちの使ってよ」
奥さんは商売上手。旦那さんは広場で子どもたちとフリスビーで遊んでいる。
陶器を売る人、アクセサリーを作る人、
「ありがとう」
の言葉が行き交う、こういう空間は嫌いじゃない。
利紗子はヘチマの化粧水を売られそうになっている。押しに弱いのだ。だから私と付き合っているのだろうか。押したつもりもないけど。
「利紗子、手伝って」
助け舟を出すと、くるりと振り返って犬のように駆け戻ってきた。
「もう少しで買っちゃうところだった」
「気に入ったのなら買えばいいのに」
利紗子は化粧水を変えない主義。私はなんだっていい。そのおかげで利紗子にくっついて遠出ができるからいいのだけれど。利紗子が使っている化粧品は日本のメーカーのものなのだが、取り扱っているブランドがいろいろあって、それだけで私はややこしい。要するにちょっと高いやつ。
今日も仕事のはずなのに、利紗子は膝丈スカート。周囲の男の目が気にならないのだろうか。その下にうっすいパンツだけで無防備すきない? 私は利紗子にしか足を見せたくないが、それとこれとは別問題なのだろうか。
プリン屋さんが出店していたからシュークリームではかぶる。クッキーだけは持ってきてよかった。
広場と空きテナントを活用したイベントらしい。源基にも声がかかったようだが、おじさんがだいぶ弱気になったらしく、出店は断っていた。青空の下で散髪もいいだろう。
「郁実、お昼は角煮丼ね」
利紗子がのぼりの揺れるキッチンカーを指さす。
「うん」
グリーンカレーがいい。私はそっちにして分け合ってもいいのに、利紗子は同じものを食べたがる。分け合うのを嫌う潔癖でもない。
天気のいい日で小さなカップのアイスコーヒーがよく売れた。100円でも氷のおかげでほぼ利益。
「うちに帰ったらコーヒー豆を注文しないと」
余分に持って来たが、店の分が足りなくなってしまう。
「スマホ貸して。やっておく」
利紗子が秒ですませてくれる。
子どもの笑い声が耳障りでなくなった。利紗子が目を細める。
「見て。あの子の帽子、あんなにちっちゃい麦わら。かわいい」
利紗子の人生の邪魔をしているのだろうか。子どもが欲しいなら別れるべきだ。それなのに利紗子は、
「アイスコーヒーだけじゃ飲めない子どももいるから来年はせめてジュースも出そうね」
とメモをする。来年のことを考えてくれるだけで、嬉しい。
偵察を兼ねてうろつきながら、カゴバックを買って利紗子が戻ってきた。それって今日の利益くらいになるんじゃないだろうか。
「かわいい。ちょうどこういうの欲しかったの、うふふ」
その顔が見れたから良しとしよう。
コーヒーはあるのに紙コップがなくなったところで営業終了。午後からは風も強くなって食べ物を買ったお客さんが大変そうだった。公園だから砂が舞う。来年のために対策を考えよう。ワゴンの車が積みやすい。これをもらえたことも巡り合わせだ。椅子とパラソルとテーブル、これだけあればキャンプにも行けそう。キッチンカーで全国津々浦々行けたら楽しいけれど利紗子は自分の仕事ができないだろうし、営業許可も面倒臭そう。
家に帰って100円玉を利紗子と数える。私はそういう作業が嫌い。手にお金の匂いもつく。それって卑しい気がして。
銀行のATMなら数秒だ。
「郁実、既に一万越えだよ」
「そうだね」
利紗子はこういうことが好きみたい。
「もっと焼き菓子も作ればよかったね。郁実のブラウニー初めて食べた。クルミとドライフルーツのがおいしかった」
それらもほぼ完売。
「うん。店のパンフだけ持って行ってくれた人もいたから、ここまで足を運んでくれるかもね」
「そうだといいな」
利紗子がホームページのビューを気にする。
「利紗子のおかげ」
「いや、そんな」
「今日も手伝ってくれてありがとう」
顔を手で覆う利紗子がかわいい。本当ならこの半分のお金を欲するはずなのに、利紗子だってお金の大切さはわかっているはずなのに、口にしない。
人間も動物だけれど、他の動物のように繁殖期が決まっていたり、冬眠がなくてよかった。
いつもで利紗子に触れたい。
「利紗子、限界」
時々、自分の中の利紗子が減る。補充しないと足りなくなる。水分、塩分、利紗子分。いや、もっと根本的なお腹がすくレベル。その上唇を食べてしまいと思う。
「郁実…」
こんなことをしても子どもはできない。それでも人としてあなたを欲する。男と女のセックスだって、おでこにキスをしたり、意味のない無駄なこともするんでしょ?
「くすぐったいよ」
顔にかかる利紗子の息のほうがこそばゆい。利紗子を気持ちよくさせたい。男だったら違ったのだろうか。
利紗子には言わなかったが、源基のお父さんにはあれをぐりぐりこすりつけられた程度。柔らかいようで硬い、ういろうは好きだけど、気持ちの悪い感触だった。
利紗子の体ならばどこでも舐められる。私の恐怖を利紗子が拭うように、利紗子の不安も消せたらいいな。眠る利紗子の頬を撫でる。チョウチンアンコウならよかった。セックスをしたまま利紗子に溶けたい。こんなことを考える私は歪んでいるのだろう。
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