初愛シュークリーム

吉沢 月見

文字の大きさ
上 下
39 / 41
★離れない

38

しおりを挟む
 イベント出店の依頼があった。シュークリームを200個。作れないこともないが、
「キッチンカーも冷蔵庫もないですから」
 と断る。
「出たらいいのに」
 利紗子が言う。そもそも利紗子がどこからか聞きつけた話で、また勝手に承諾しそうな勢いだった。
「食中毒でも出たらお店をやっていけなくなる」
 その怖さが利紗子にはいくら説明をしても伝わらない。昔と違って逃げられない。私は開き直れる性格じゃない。
 悩んだけれど、コーヒーのみ提供することにする。
 野菜を売る農家さんもいたし、遠くから帽子を売りに来た作家さんもいた。黒田さん家族もいた。
「いい宣伝になるわよ」
 日よけのスカーフを頭から巻いた奥さんが言う。
「そう思ったんですが、冷蔵庫とかも買わないと。持ち出しを想定していないので食中毒とかも心配ですし」
「そうね。ま、次はうちの使ってよ」
 奥さんは商売上手。旦那さんは広場で子どもたちとフリスビーで遊んでいる。
 陶器を売る人、アクセサリーを作る人、
「ありがとう」
 の言葉が行き交う、こういう空間は嫌いじゃない。
 利紗子はヘチマの化粧水を売られそうになっている。押しに弱いのだ。だから私と付き合っているのだろうか。押したつもりもないけど。
「利紗子、手伝って」
 助け舟を出すと、くるりと振り返って犬のように駆け戻ってきた。
「もう少しで買っちゃうところだった」
「気に入ったのなら買えばいいのに」
 利紗子は化粧水を変えない主義。私はなんだっていい。そのおかげで利紗子にくっついて遠出ができるからいいのだけれど。利紗子が使っている化粧品は日本のメーカーのものなのだが、取り扱っているブランドがいろいろあって、それだけで私はややこしい。要するにちょっと高いやつ。
 今日も仕事のはずなのに、利紗子は膝丈スカート。周囲の男の目が気にならないのだろうか。その下にうっすいパンツだけで無防備すきない? 私は利紗子にしか足を見せたくないが、それとこれとは別問題なのだろうか。
 プリン屋さんが出店していたからシュークリームではかぶる。クッキーだけは持ってきてよかった。
 広場と空きテナントを活用したイベントらしい。源基にも声がかかったようだが、おじさんがだいぶ弱気になったらしく、出店は断っていた。青空の下で散髪もいいだろう。
「郁実、お昼は角煮丼ね」
 利紗子がのぼりの揺れるキッチンカーを指さす。
「うん」
 グリーンカレーがいい。私はそっちにして分け合ってもいいのに、利紗子は同じものを食べたがる。分け合うのを嫌う潔癖でもない。
 天気のいい日で小さなカップのアイスコーヒーがよく売れた。100円でも氷のおかげでほぼ利益。
「うちに帰ったらコーヒー豆を注文しないと」
 余分に持って来たが、店の分が足りなくなってしまう。
「スマホ貸して。やっておく」
 利紗子が秒ですませてくれる。
 子どもの笑い声が耳障りでなくなった。利紗子が目を細める。
「見て。あの子の帽子、あんなにちっちゃい麦わら。かわいい」
 利紗子の人生の邪魔をしているのだろうか。子どもが欲しいなら別れるべきだ。それなのに利紗子は、
「アイスコーヒーだけじゃ飲めない子どももいるから来年はせめてジュースも出そうね」
 とメモをする。来年のことを考えてくれるだけで、嬉しい。
 偵察を兼ねてうろつきながら、カゴバックを買って利紗子が戻ってきた。それって今日の利益くらいになるんじゃないだろうか。
「かわいい。ちょうどこういうの欲しかったの、うふふ」
 その顔が見れたから良しとしよう。
 コーヒーはあるのに紙コップがなくなったところで営業終了。午後からは風も強くなって食べ物を買ったお客さんが大変そうだった。公園だから砂が舞う。来年のために対策を考えよう。ワゴンの車が積みやすい。これをもらえたことも巡り合わせだ。椅子とパラソルとテーブル、これだけあればキャンプにも行けそう。キッチンカーで全国津々浦々行けたら楽しいけれど利紗子は自分の仕事ができないだろうし、営業許可も面倒臭そう。
 家に帰って100円玉を利紗子と数える。私はそういう作業が嫌い。手にお金の匂いもつく。それって卑しい気がして。
 銀行のATMなら数秒だ。
「郁実、既に一万越えだよ」
「そうだね」
 利紗子はこういうことが好きみたい。
「もっと焼き菓子も作ればよかったね。郁実のブラウニー初めて食べた。クルミとドライフルーツのがおいしかった」
 それらもほぼ完売。
「うん。店のパンフだけ持って行ってくれた人もいたから、ここまで足を運んでくれるかもね」
「そうだといいな」
 利紗子がホームページのビューを気にする。
「利紗子のおかげ」
「いや、そんな」
「今日も手伝ってくれてありがとう」
 顔を手で覆う利紗子がかわいい。本当ならこの半分のお金を欲するはずなのに、利紗子だってお金の大切さはわかっているはずなのに、口にしない。
 人間も動物だけれど、他の動物のように繁殖期が決まっていたり、冬眠がなくてよかった。
 いつもで利紗子に触れたい。
「利紗子、限界」
 時々、自分の中の利紗子が減る。補充しないと足りなくなる。水分、塩分、利紗子分。いや、もっと根本的なお腹がすくレベル。その上唇を食べてしまいと思う。
「郁実…」
 こんなことをしても子どもはできない。それでも人としてあなたを欲する。男と女のセックスだって、おでこにキスをしたり、意味のない無駄なこともするんでしょ?
「くすぐったいよ」
 顔にかかる利紗子の息のほうがこそばゆい。利紗子を気持ちよくさせたい。男だったら違ったのだろうか。
 利紗子には言わなかったが、源基のお父さんにはあれをぐりぐりこすりつけられた程度。柔らかいようで硬い、ういろうは好きだけど、気持ちの悪い感触だった。
利紗子の体ならばどこでも舐められる。私の恐怖を利紗子が拭うように、利紗子の不安も消せたらいいな。眠る利紗子の頬を撫でる。チョウチンアンコウならよかった。セックスをしたまま利紗子に溶けたい。こんなことを考える私は歪んでいるのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

僕の彼女は婦人自衛官

防人2曹
ライト文芸
ちょっと小太りで気弱なシステムエンジニアの主人公・新田剛は、会社の先輩の女子社員に伊藤佳織を紹介される。佳織は陸上自衛官という特殊な仕事に就く女性。そのショートカットな髪型が良く似合い、剛は佳織に一目惚れしてしまう。佳織は彼氏なら職場の外に人が良いと思っていた。4度目のデートで佳織に告白した剛は、佳織からOKを貰い、2人は交際開始するが、陸上自衛官とまだまだ底辺エンジニアのカップルのほのぼのストーリー。

軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~

takahiro
キャラ文芸
 『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。  しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。  登場する艦艇はなんと57隻!(2024/12/18時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。  ――――――――――  ●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。  ●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。かなりGLなので、もちろんがっつり性描写はないですが、苦手な方はダメかもしれません。  ●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。  ●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。またお気に入りや感想などよろしくお願いします。  毎日一話投稿します。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...