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☆実る
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夏の間、お店は毎日することにした。お盆時期は火曜もやる。稼げるときに働いたほうが効率がいい。きっと冬は客も半減するだろう。ここが雪に埋もれるなんて想像もつかない。
真夏でもお店もキッチンも涼しくしておかなくてはならないので、エアコン代が怖い。業務用だから安いといいな。
雲が山を隠す。黒い雲がもくもくとまるで山に集まっているようだ。
夕立によって大地が冷やされて、夜はぐっと気温が下がる日もあった。
夏バテしないよう、それでも焼肉の気分ではないから消化のよさそうなものを郁実と食べた。
止められないことは無数にある。
「親父の具合が良くないみたいだ」
と源基が肩を落とす。
「おとといはコーヒーの粉を入れずに落としてお湯だけ渡してきたり、その前は俺を自分の兄さんと勘違いして」
泣きそうな彼にかける言葉が見つからない。
「お盆で休みになる前に病院に相談したほうがいいよ」
郁実が冷静に言う。
「うん」
不安そうな顔のまま源基は帰って行った。私と郁実だって。このまま一緒にいたらどちらかが先に死ぬだろう。きっと子どもはいない。どちらかがどちらかの面倒を看る。郁実に辛い思いはさせたくない。愛想をつかされず、愛があるまま死にたいな。私のほうが3歳下だから郁実が先に死んじゃうのかな。誰にも頼れない。だからお金を貯めたい。
豪雨がすごい。雷が落ちて停電になると郁実は店の冷蔵庫が気になるようだ。
「大丈夫だよ。保冷材も入ってるんだし。開けちゃったほうが冷気が逃げるよ」
と説得する。
「うん、そうだね」
まだ大きな損失はない。詐欺にも遭っていない。レジのお金が合わないのは人為的ミス。おそらく私。郁実はそういうところだけ、すごくしっかりしている。
郁実となら停電も怖くない。心配そうに階段に座り込む郁実に並ぶ。
「暑いよ」
郁実がくっつけた腕を離す。
「雨が降っていなければ窓を開けるのに」
少し開けただけでも雨風が舞い込む。廂がないせいだろう。おいしそうな四分円柱に拘って、住みづらくなって前の住民は逃げ出したわけではないだろう。料理人さんは腰や腕を悪くするらしい。自分が建てた店を手放す気持ちって失恋以上だろうか。郁実がそれを味わうことがないように私も自分の仕事をしなくては。でもこんなは保存ばかり押すことに気を揉むから今はあなたの隣りにいる。
地響きのような雷に怯えて郁実の手を掴んだら、今度は離さない。ねえ郁実、ずっとこうしていたいよ。口約束でいいから。
愛の証明なんて私もできない。好きだとは言える。だから婚姻届けには証人の欄があるのかもしれない。私たちはどうしたらいいんだろう。
「今日は利紗子の手が冷たいね。心配だよ」
って息を吹きかけなくていいから長生きしてね。
「郁実、髪伸びたね。伸ばすの?」
「短いほうがいいんだけど切ったら切ったで面倒で」
「ショートでも耳掛けるほうが好き。郁実は帽子もメガネも似合うよね」
郁実の髪を耳にかけると女の子みたいになる。いや、女の子だとは理解しているんだけど。
この前、小川の脇に咲き誇る百合を郁実と見た。実は私、女同士のこういう関係をなぜ百合というのかも知らない。調べればわかるのだろう。でも、知りたくないの。郁実は知っているのだろうか。あの漏斗の形の花の中に隠れなければならない間柄ということなのだろうか。
「電気つかないね。寝ちゃおうか?」
私の言葉に郁実が握った手に力を込める。
まだ夕刻で、真っ暗ではない。雷の残光に浮かび上がる郁実の裸の背中を見るとドキリとする。試作のしすぎで一瞬太ったが、郁実はすぐに体型が戻る。いつも白衣の下にTシャツとインナーを着ているだけなのに、やけに無防備で目が離せない。立派な肩甲骨、背骨に沿ってすっと入っている線。郁実を自分の所有物だと思ったことはない。
郁実はどうなのだろう。キスが上手になって、私の肩を躊躇なく舐める。郁実はそっと撫でるように私に触る。もっと痛くしてくれていいのに。いつもはお菓子を上手に作る郁実の手が私の背を滑るから、それだけでぞくぞくする。
終わったあと、いつもならそのまま寝る郁実がすっとTシャツを着る。その背に抱きつく。
「郁実、どこに行くの?」
郁実が窓外を指さす。
「ほら、あっちは明かりがついているからうちの電気がつかないのはブレーカーのせいなのかなって。見てくるよ」
「一人で平気?」
「うん」
とスマホのライトをつける。
ぬくもりだけ置いていかないで。明かりがついたら私も服を着てしまう。
「ついた」
「よかったね」
エアコンが勝手に作動する。
「うん。冷蔵庫も大丈夫そうだった」
安堵した郁実は自分の布団に横になる。自分の不安が消し飛んだら、一緒に眠ってくれないんだ。そういう自分勝手は男でも女でもよくないよ。
許すのが愛ではない。しかし、ケンカは回避したい。今日は別々に睡眠。朝になったらキスをしよう。忙しかった郁実に誕生日も兼ねてプレゼントを買おう。なにがいいだろう。郁実の好きそうなもの。シュークリームじゃあてつけになってしまうだろうか。備品じゃ可愛くない? やっぱり私? 郁実が喜びそうなものが自分でも私しか思いつかない。
真夏でもお店もキッチンも涼しくしておかなくてはならないので、エアコン代が怖い。業務用だから安いといいな。
雲が山を隠す。黒い雲がもくもくとまるで山に集まっているようだ。
夕立によって大地が冷やされて、夜はぐっと気温が下がる日もあった。
夏バテしないよう、それでも焼肉の気分ではないから消化のよさそうなものを郁実と食べた。
止められないことは無数にある。
「親父の具合が良くないみたいだ」
と源基が肩を落とす。
「おとといはコーヒーの粉を入れずに落としてお湯だけ渡してきたり、その前は俺を自分の兄さんと勘違いして」
泣きそうな彼にかける言葉が見つからない。
「お盆で休みになる前に病院に相談したほうがいいよ」
郁実が冷静に言う。
「うん」
不安そうな顔のまま源基は帰って行った。私と郁実だって。このまま一緒にいたらどちらかが先に死ぬだろう。きっと子どもはいない。どちらかがどちらかの面倒を看る。郁実に辛い思いはさせたくない。愛想をつかされず、愛があるまま死にたいな。私のほうが3歳下だから郁実が先に死んじゃうのかな。誰にも頼れない。だからお金を貯めたい。
豪雨がすごい。雷が落ちて停電になると郁実は店の冷蔵庫が気になるようだ。
「大丈夫だよ。保冷材も入ってるんだし。開けちゃったほうが冷気が逃げるよ」
と説得する。
「うん、そうだね」
まだ大きな損失はない。詐欺にも遭っていない。レジのお金が合わないのは人為的ミス。おそらく私。郁実はそういうところだけ、すごくしっかりしている。
郁実となら停電も怖くない。心配そうに階段に座り込む郁実に並ぶ。
「暑いよ」
郁実がくっつけた腕を離す。
「雨が降っていなければ窓を開けるのに」
少し開けただけでも雨風が舞い込む。廂がないせいだろう。おいしそうな四分円柱に拘って、住みづらくなって前の住民は逃げ出したわけではないだろう。料理人さんは腰や腕を悪くするらしい。自分が建てた店を手放す気持ちって失恋以上だろうか。郁実がそれを味わうことがないように私も自分の仕事をしなくては。でもこんなは保存ばかり押すことに気を揉むから今はあなたの隣りにいる。
地響きのような雷に怯えて郁実の手を掴んだら、今度は離さない。ねえ郁実、ずっとこうしていたいよ。口約束でいいから。
愛の証明なんて私もできない。好きだとは言える。だから婚姻届けには証人の欄があるのかもしれない。私たちはどうしたらいいんだろう。
「今日は利紗子の手が冷たいね。心配だよ」
って息を吹きかけなくていいから長生きしてね。
「郁実、髪伸びたね。伸ばすの?」
「短いほうがいいんだけど切ったら切ったで面倒で」
「ショートでも耳掛けるほうが好き。郁実は帽子もメガネも似合うよね」
郁実の髪を耳にかけると女の子みたいになる。いや、女の子だとは理解しているんだけど。
この前、小川の脇に咲き誇る百合を郁実と見た。実は私、女同士のこういう関係をなぜ百合というのかも知らない。調べればわかるのだろう。でも、知りたくないの。郁実は知っているのだろうか。あの漏斗の形の花の中に隠れなければならない間柄ということなのだろうか。
「電気つかないね。寝ちゃおうか?」
私の言葉に郁実が握った手に力を込める。
まだ夕刻で、真っ暗ではない。雷の残光に浮かび上がる郁実の裸の背中を見るとドキリとする。試作のしすぎで一瞬太ったが、郁実はすぐに体型が戻る。いつも白衣の下にTシャツとインナーを着ているだけなのに、やけに無防備で目が離せない。立派な肩甲骨、背骨に沿ってすっと入っている線。郁実を自分の所有物だと思ったことはない。
郁実はどうなのだろう。キスが上手になって、私の肩を躊躇なく舐める。郁実はそっと撫でるように私に触る。もっと痛くしてくれていいのに。いつもはお菓子を上手に作る郁実の手が私の背を滑るから、それだけでぞくぞくする。
終わったあと、いつもならそのまま寝る郁実がすっとTシャツを着る。その背に抱きつく。
「郁実、どこに行くの?」
郁実が窓外を指さす。
「ほら、あっちは明かりがついているからうちの電気がつかないのはブレーカーのせいなのかなって。見てくるよ」
「一人で平気?」
「うん」
とスマホのライトをつける。
ぬくもりだけ置いていかないで。明かりがついたら私も服を着てしまう。
「ついた」
「よかったね」
エアコンが勝手に作動する。
「うん。冷蔵庫も大丈夫そうだった」
安堵した郁実は自分の布団に横になる。自分の不安が消し飛んだら、一緒に眠ってくれないんだ。そういう自分勝手は男でも女でもよくないよ。
許すのが愛ではない。しかし、ケンカは回避したい。今日は別々に睡眠。朝になったらキスをしよう。忙しかった郁実に誕生日も兼ねてプレゼントを買おう。なにがいいだろう。郁実の好きそうなもの。シュークリームじゃあてつけになってしまうだろうか。備品じゃ可愛くない? やっぱり私? 郁実が喜びそうなものが自分でも私しか思いつかない。
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