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☆日々
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郁実はシュークリームを作り、時間があればクッキーなどの焼き菓子に挑戦中。薄いアーモンドキャラメルに失敗。一瞬で焦げた。
レンタカーの返却期限が迫る中、嬉しいことに車をほぼ無料でもらえた。
牧場の黒田さんが、
「ちょうど買い替えようと思っていて」
と言うのを聞き逃さなかった。ほぼというのは、名義変更料及び今後も黒田さんのところの食材を買い続けなくてはならないという意味。
おいしいものは高いのだ。近くのスーパーでも牛乳は買える。おいしさは値段以上に違うと思う。納得して買っているからいいの。しかし、郁実が店を始めたからと言って、家賃の必要がないからと言って、出費は痛い。
郁実は一向に節約をしない。高そうな紅茶を買う。お店用なのかな? まだレストラン形式にはできてない。シュークリームとドリンクだから喫茶店をするつもりなのだろうか。郁実は料理も上手だがレストランは無理だと言う。
「料理の香りにシュークリームが負けるし」
確かにそうだ。
困ったことに私の仕事もさっぱり。写真をネットで売ったり、いろんなことをしているつもり。八重桜もうこん桜も山桜も散った。
近所の人に山菜をもらう。こういうのは有り難い。
名前は知らないけど顔は知っている人が増えてきた。
「汚ったねえから」
と作業着では店に入って来てくれないおじいさん。
そのために、木の椅子を外に置いた。テーブルを置けばお洒落テラス。
手作りの看板も郁美と作った。廃材に木の枝で『MAY』。
郁実はAとYは小文字がいいと言うが、木の枝は曲げられないもの。
『メイ』
とも書き足した。
おじさんというのは、若い女の子を好んでくれる。別に、エロい目で見ているのではない。子猫を愛でる感じと同じ。
「結局、一度も暖炉を使うチャンスがなくて」
郁実は意外と知らない人に相談できる人。
「だいぶ使ってないなら、煙突は掃除したほうがいいかもな。前に鳥の巣できたこともあるらしいし」
「へえ」
私たちの住まいを知っていてくれている人がいるのは安心。前にこの店をやっていた人は腰を悪くして、今は娘さんと暮らすために東京にいるらしい。不思議だ。私たちと交換したよう。
体を悪くしてからローンが払えなくて大変だったらしいとおじいさんが教えてくれる。それで私たちが買えるような金額にまで値下げされていたのだろう。自殺じゃなくてよかったと私は胸を撫でおろす。
うちで少し休んで、おじいさんはまた畑に。
「そいじゃーな」
この辺りの人は真面目だ。畑をすることは義務でもないのに当然のように耕す。
店を始めると様々な人が来た。雑誌の取材、電子マネーの営業等々。
「雑誌の掲載自体は無料です」
と言うので、郁実は地元のフリーペーパーのオープン特集に載せてもらうことにした。
「そちらの方も一緒に写真どうですか?」
私よりも郁実が動揺する。
見本として先月号のそのフリペを見たけれど、
『夫婦で営んでいます』
と私たちは書けないもの。
私の肩書は『スタッフの利紗子さん』にしてもらった。パートナーにしてよからぬ噂が広まったら商売に差し障りがあるかもしれない。
こんなことに悩むのは私だけ。郁実は、
「これでお客が増えるかな」
なんて呑気に言う。
実際には思っていたような反響はなかった。私は自分が深く考えてしまう性質であることを思い出した。
郁実のように気楽に生きたい。近所の人たちのように口は悪くてもおおらかに。でもきっと無理なのだ。
大好きな郁実に振り回されてイラっとするけれど、結局は郁実に正常化される。一緒に暮らしてからは一緒に眠るからふと目を覚ましたときに手をつないでいることに気づくとそれだけで幸せ。
レンタカーの返却期限が迫る中、嬉しいことに車をほぼ無料でもらえた。
牧場の黒田さんが、
「ちょうど買い替えようと思っていて」
と言うのを聞き逃さなかった。ほぼというのは、名義変更料及び今後も黒田さんのところの食材を買い続けなくてはならないという意味。
おいしいものは高いのだ。近くのスーパーでも牛乳は買える。おいしさは値段以上に違うと思う。納得して買っているからいいの。しかし、郁実が店を始めたからと言って、家賃の必要がないからと言って、出費は痛い。
郁実は一向に節約をしない。高そうな紅茶を買う。お店用なのかな? まだレストラン形式にはできてない。シュークリームとドリンクだから喫茶店をするつもりなのだろうか。郁実は料理も上手だがレストランは無理だと言う。
「料理の香りにシュークリームが負けるし」
確かにそうだ。
困ったことに私の仕事もさっぱり。写真をネットで売ったり、いろんなことをしているつもり。八重桜もうこん桜も山桜も散った。
近所の人に山菜をもらう。こういうのは有り難い。
名前は知らないけど顔は知っている人が増えてきた。
「汚ったねえから」
と作業着では店に入って来てくれないおじいさん。
そのために、木の椅子を外に置いた。テーブルを置けばお洒落テラス。
手作りの看板も郁美と作った。廃材に木の枝で『MAY』。
郁実はAとYは小文字がいいと言うが、木の枝は曲げられないもの。
『メイ』
とも書き足した。
おじさんというのは、若い女の子を好んでくれる。別に、エロい目で見ているのではない。子猫を愛でる感じと同じ。
「結局、一度も暖炉を使うチャンスがなくて」
郁実は意外と知らない人に相談できる人。
「だいぶ使ってないなら、煙突は掃除したほうがいいかもな。前に鳥の巣できたこともあるらしいし」
「へえ」
私たちの住まいを知っていてくれている人がいるのは安心。前にこの店をやっていた人は腰を悪くして、今は娘さんと暮らすために東京にいるらしい。不思議だ。私たちと交換したよう。
体を悪くしてからローンが払えなくて大変だったらしいとおじいさんが教えてくれる。それで私たちが買えるような金額にまで値下げされていたのだろう。自殺じゃなくてよかったと私は胸を撫でおろす。
うちで少し休んで、おじいさんはまた畑に。
「そいじゃーな」
この辺りの人は真面目だ。畑をすることは義務でもないのに当然のように耕す。
店を始めると様々な人が来た。雑誌の取材、電子マネーの営業等々。
「雑誌の掲載自体は無料です」
と言うので、郁実は地元のフリーペーパーのオープン特集に載せてもらうことにした。
「そちらの方も一緒に写真どうですか?」
私よりも郁実が動揺する。
見本として先月号のそのフリペを見たけれど、
『夫婦で営んでいます』
と私たちは書けないもの。
私の肩書は『スタッフの利紗子さん』にしてもらった。パートナーにしてよからぬ噂が広まったら商売に差し障りがあるかもしれない。
こんなことに悩むのは私だけ。郁実は、
「これでお客が増えるかな」
なんて呑気に言う。
実際には思っていたような反響はなかった。私は自分が深く考えてしまう性質であることを思い出した。
郁実のように気楽に生きたい。近所の人たちのように口は悪くてもおおらかに。でもきっと無理なのだ。
大好きな郁実に振り回されてイラっとするけれど、結局は郁実に正常化される。一緒に暮らしてからは一緒に眠るからふと目を覚ましたときに手をつないでいることに気づくとそれだけで幸せ。
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