女神の眼鏡

タダノオーコ

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アンハッピー・ウェディング

アンハッピー・ウェディング

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クロスが彫刻された、重厚な木製の扉が左右に開かれた。

チャペルにはワグナーの結婚行進曲が厳かに響き渡った。

父親と腕を組んだまま一礼すると、顔を上げた。
バージンロードの先で待つ新郎と視線が絡んで微笑んだ。




ー最悪、この世の終わりだ。ー





私は新郎側の列席者。
新郎は同期の高橋。
緊張の面持ちの新婦は専務の娘だ。
彼女が今腕を組み、歩調を合わせている男こそが父親であり、その肩書きは我が社の専務だ。

聖壇に背を向けた新郎に、新婦が託された。
新郎は新婦の手を取って、自分の腕に絡ませた。

高橋は同期の同僚であり、ライバルだった。
といってもライバルだと勝手に思っているのは私だけ。
彼の営業成績は絶えずトップ、人間関係の構築も卒なくこなして、出世街道まっしぐらの男だった。

私といえば、高橋の成績を一度でも追い抜いてみたいと男勝りに飛び回ってた。
気がつけば周りの誰もが私を女扱いしなくなった。
いつしか合コンの誘いもなくなって、近頃では決まった上司とたまに居酒屋でくだを巻くことに、安らぎを見出してた。

ある日高橋には
「お前、可愛くないね。」
面と向かってそう言われた。
四捨五入すれば三十になる女だ、“可愛い”と言われなくて結構。
心の中でそんな悪態をつくこともあった。

新郎新婦は聖壇に登ると、牧師の前に並んだ。
パイプオルガンを伴奏に、聖歌隊が讃美歌を歌い始めた。
その曲は、“いつくしみ深き”。

共鳴する奏と澄んだ声音が私の身体に染み込んだ。
自然と涙が溢れた。

分かってる。
この涙は音楽のせいだけじゃない。
高橋が好きだった。
出会った瞬間からずっと彼ばかりを目で追ってきた。

うつむいた私の視線の先に、突然白いハンカチが現れた。
少し顔を上げれば、私とシンメトリーの席、バージンロードを挟んだ向こうの席から伸ばされた腕。
私にハンカチを差し出す男性は、バージンロードを一歩踏んでいた。
早く席に戻ってもらおうと、軽く頭を下げてハンカチを受け取った。

賛美歌が終わると牧師は語り始めた。
新郎新婦が壇上の聖書に手を重ねようとした時だった。

さっき私にハンカチを渡した男が、

「異議あり!」

そう叫んで列席からはみ出した。

一瞬静まり返った教会内は、すぐにざわつきを見せた。
たじろぎもせず男は、聖壇の花嫁に駆け寄るとその手首を掴んだ。

まるで映画のワンシーンだった。
新婦はウェディングドレスの裾を持ち上げた。
片手を引かれバージンロードを走り出した。

私の脇を通り過ぎる時、彼女と目が合った。
それは一瞬の出来事だった。
手にした生花のブーケを、私に押し付けた。

「なんで…」

振り返って見れば、男によって押し開かれた扉の向こう、眩しい逆光の中へ二人は姿を消した。



人気のなくなった教会。
私は一人、着席したままでいた。
手にはブーケと男から渡されたハンカチがあった。

花嫁の消えた式は中止された。
高橋の気持ちを思えば、いたたまれなかった。

背後のドアが軋む音がして振り返った。
そこに立っていたのは高橋だった。
さっきまでのグレーのモーニングコートはもう脱いでいた。
何故かホッとする、見慣れたスーツ姿。

「花嫁さんじゃなくて、ごめん。」

探しているのかと思った。
彼の一縷の期待を裏切ったのなら申し訳ない。
高橋はフッて笑うと、私のいる列席者の長椅子に並んで腰掛けた。

「シナリオ通り。上手くいった。」

その言葉の意味が分からなかった。
高橋の横顔を見つめた。

「派閥争いだよ、専務はどっちにも転がる俺を囲い込みたかった。娘を利用してね。」

確かに今の職場では、派閥争いが水面下で勃発してた。

「どっちの派閥が得なのか決めかねてたから断れなかった。向こうからの破談になるように彼氏をけしかけた。」

「そこまでして出世したいの?」

自分の戸籍を汚すかも知れないリスクを、到底理解出来ない。
呆れてしまう。

「男として、負ける訳にはいかない奴がいるからね。こう見えて必死なんだよ、俺も。」

「もし破談が失敗しても、お嫁さん、若くて美人だしね。」

高橋は人の気も知らないで、カラカラと笑った。

「全然タイプじゃなかったよ。俺は自立した可愛げがない女が好きだし。」

そう言って私の顔を覗き込もうとするから、慌てて視線をそらした。
油断した。
ブーケの下にそっと隠してたハンカチを、意地悪く取り上げられた。

「俺の結婚が悲しくて泣いたとか?」

この世の終わりかと思うくらい、悲しかった。
そう素直に言えない私は可愛げがない。
分かってる。


「花嫁を連れ去るシーンに感動したの。」


高橋は「ホント、可愛くない。」やっぱりそう言って笑った。



世の中には一発逆転も、大どんでん返しだってある。

世界はそう簡単には終わらない。








End
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