コガレル

タダノオーコ

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過去からの使者

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車を走らせながら考えてた、昨日のことを。
俺の家の中に入った成実を見て手配してたんだろう。
成実を送り届けた先のマンションにもカメラマンはいた。

この時はフラッシュが焚かれたのが分かったけど、好きにさせた。
恐らく記事は遅かれ早かれ表に出て、成実と噂になるだろう。

成実が自分から飛び込んで来て、望んだ記事だ。
それを利用する。


成実が昔から俺を好いてくれてるのは、言動から分かってた。

モデルの世界は生き残りをかけて殺伐としてる。
女性モデルならそれが尚更。
我が強くて、気も強くないと生き残れない。

その逞しさと世渡りを上手くやる女性モデルを同僚として見ることはあっても、付き合いたいと思えることはなかった。

業界人は避けても、幸か不幸か昔から女性には不自由しなかったから。
それに。

俺じゃなくて、俺のステータスに惚れる女には興醒めだった。
たぶん成実もこれだろう。


成実が俺の家に押しかける前の昼間、涌井にマンション探しの手助けを頼んだ。

葉山さんがまだ家に来る前の話。
和乃さんが引退をチラつかせ始めた。
もし俺も家を出るとなると、親父と准の二人だけが残される。

近年親父は洋菓子店のアジア進出もあって、出張もたまにある。
そうなると准はあの広い屋敷で、一人留守番になるだろう。
それは少し気の毒に思えた。

高校を卒業して大学へ行く時、家に残るか、出るかを准は自分で決めたらいい。

どちらにせよ、その時俺はどこかに部屋を借りて出て行くつもりだった。

その計画を前倒ししようと思ったのは、やっぱり葉山さんの存在だ。
俺が居ると、親父と静かに暮らすことができないだろう。
また何かに巻き込んでしまうかも知れない。
准も懐いてるし、和乃さんも引き際を決めることができた。
俺はもうあそこにいる必要がない。

それに、流石にしんどくなってきた。
和乃さんと同じように、俺も引き際なのかも知れない。
借りる予算と条件を涌井に提示したから、タレント可の部屋をそのうち見つけてくれるだろう。

ガレージに車を停めた。
スマホで時間を確認したら、まだ23時前だ。

昨日成実が帰り際に、葉山さんに向けてピンポイントに番宣してたのを思い出した。

俺のドラマを見てるのか?
そっと音がしないように鍵を開けて、中に入った。
リビングを覗いてみたら案の定、ドラマを見てた。

しばらく黙って立ってるけど、背後だからその表情は分からない。
手で目を覆ったり、唸ったりしてるし退屈ではなさそうだ。
俺の帰宅に気づかないほど夢中なのは、ありがたい視聴者だけど…
でも今はあのシーンだけに複雑。

俺はそっと手を伸ばして、リモコンを手に取った。


「ここまで」

電源をオフにしてから言った。
見なくていい。
ドラマから気をそらそうと食事をお願いしたのに拒否ときた。
この時になって初めて、様子がおかしいのに気づいた。
今まで、家で食べると伝えてある日は遅くなっても食事を温めて並べてくれた。

テレビを急に消したから?
それとも昨日、当たり散らしたのを根に持ってる?
あれか、成実の訪問で急遽夕食をキャンセルしたせいか?

心当たりがあり過ぎる…
リモコンをローテーブルに置いた。
その手で、向こうへ行こうとする葉山さんの手首をつかんだ。
何が気に入らないのか、話を聞こう。
もう一度腰掛けるように誘導した。

顔をのぞき込んだら、怒っているのかと思ってたのに違ったみたいだ…

「泣いてんの?」

目からこぼれた涙が、俺の心臓を啄いた。
ドラマに泣けるシーンなんてなかった。

なんで泣く?
後からも溢れてきた涙を、俺の迷う指が拭った。
勘違いしそうだ。

確かめたい。
唇にそっとキスした。


「ごめんなさい…」


初めてのキスの後の第一声。
何だよ、それ…

食事を並べるのを拒否したから、ごめんなさい?
親父という婚約者がいるから?
もしかして、成実に悪いと思った?


「…圭さんが、好き…です」

うるんだ瞳が、俺を硬直させた。
だけどそれはほんの一瞬だった。

すぐに、唇を塞いだ。
俺が欲しくてたまらない言葉だった。
それを紡いだ唇を深く奪った。

柔らかい唇を離したくなかったのは、ただ単に俺が快楽を求め過ぎたせい。
それに…次の言葉を聞くのが怖かったから。

この唇から “でも” とか “だけど” って、続けられたら立ち直れない。
胸を叩かれて仕方なく唇を離せば、弥生の目はさっき以上に潤んでた。

たぶんこれは呼吸困難の苦しみの涙だろう…
コツンと額を合わせた。
ごめん。

それでも聞かないことには先に進まない。

「親父は…?」

我ながら情けない。
聞く声はかすれた。

「…ずっと嘘ついてました。
専務と結婚するつもりはないです」

さんざん俺を悩ませた親父との婚約は嘘だった。
嬉しさが勝って、騙されたことへの怒りの感情は一つも浮かび上がってこなかった。

今は。
後から沸き上がるのかは知らない。


「成実さん…は?」

浮かれる俺を沈めるように、今度は成実の名前が二人の間に距離を作った。

成実には少しも恋愛感情を持ってない。
これは本当だ。

打算的で気の強い成実だけど、それは生き残るための手段でもあると思う。
あいつはそれなりに陰で努力してるのを俺は知ってる。
ああ見えて、仕事には絶対手を抜かないし、スタイルを維持する努力も欠かさない。

嫌いになる要素がないのが成実で、どういう訳か愛しいとは思えないのが成実だった。

成実とは同じ事務所だし、今のドラマが終わったとしても、これからもどこかで接点があるだろう。
できるなら要らない波風は立てたくない。

でも弥生が手に入らないなら、そんな偽善は意味がない。



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