コガレル

タダノオーコ

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心酔

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その光景を近くで見てた綾さんが笑いながら席に戻ってきた。

「弥生ちゃん、可愛いのに職場で男性に誘われたことないでしょ?」

「ないですね」

可愛いかは別にして、勤めてから男性に食事に誘われたこともなかった。

「それ、杉崎課長が原因だから」

「?」

「課長は弥生ちゃんがお気に入りだから、来る男、来る男、牽制しまくってたのよ」

「まさか」

仕事を無くした私を元気づけようとしてくれてるんだろう。

「ホントホント。終いには私まで、どんな男に頼まれても、金を積まれても葉山への仲介を受けるな、って釘刺されたんだから」

「もう、冗談ばっかりなんだから、綾さんは」

ノリの悪い私に呆れたのか綾さんが、大きくため息をついた。

「どっちもキャラ、厳しいな…」

宴の一角、ここで綾さんは切り取るように一瞬で空気を変えた。

「あのさ弥生ちゃん、好きな人いるの?」


好きな人って…
脳裏に浮かんだのはピアノ。
私の手を握って、指を重ねた。
単純な曲だけど、あの時は私のためだけに奏でてくれた。
節の少し出た綺麗な指の動きに見とれた。
顔を上げれば長いまつげの奥、色素の薄い瞳にぶつかった。

ラインを交換する時は、気が変わったら嫌だと思って、急いでスマホを掴んで圭さんの元に戻った。

意地悪で、わがままで、ズルくて、たまに優しく甘やかしてくれる…

酔ったのかな、私。
ウソつきな、ただの家政婦のくせに。


「杉崎課長みたいなイイ男は、なかなかいないと思うよ」

「綾さん、もしかして、」

その時、杉崎課長が席に戻ってきた。

「葉山、飲みすぎるなよ。目が座ってるぞ」

課長は一瞬で空気を宴に戻した。


最後だからと多くの人達からお酌を受けて、数十分後にはかなり酔いが回ってしまった。

最終的に私が花束を受け取ると、送別会はお開きになった。
綾さんは二次会に行くと言う。
私はもう限界だったし、居候の夜遊びは憚られる。
ここで帰ることにした。

いつもより酔ってる私を見て、杉崎課長が
「送って行く」って言った。

「大丈夫です。綾さんと一緒に二次会へどうぞ」

そう断って二人を並ばせようとしたのに、肝心なところでフラついてしまった。
足元が危なっかしい私を見て、綾さんは

「いいから、送ってもらいなさい」

半ば強引に杉崎課長と私を駅の改札に押し込んだ。

いいのかな…課長の自宅って何線だったっけ?
前にお互いの最寄駅の話になった気がする。
酔った頭でいくら考えても思い出せなかった。

エスカレーターを登る時に、課長に手を引かれた。
ホームにたどり着いた今も手は繋がれたままで、私から外すタイミングは逃してしまった。

電車に乗り込んで腰掛けたところで、ラインの通知が届いた。
圭さんからだった。
急速に襲ってきた眠気と戦いながら、なんとか返した。
スマホをバッグに戻したら、

「着いたら起こすから、寝てていいよ」

私の頭は課長の手によって肩に引き寄せられた。
撫でられる頭が心地良くて、ここでも睡魔との戦いに敗北した。


目が覚めたら、ベッドの上だった。






見慣れた部屋で、見慣れたベッドのリネン。

ところで、今は何時?
サイドテーブルの時計を見ようとベッドに肘をついた。

「…痛い…」

恐ろしいほど機敏に動かない身体。
頭がガンガンするし、気持ち悪い…
なんとか置き時計を自分の元にたぐり寄せた。

9時20分。

今日は土曜日?
そう土曜日。

和乃さんは?
土日は来ない。

私、どうやって帰ったっけ?

分からない…
一々自問自答して、現在を把握した。
頭の中を揺すらないように、スローな動きで身体を起こした。

自分を見れば昨日と同じ服のまま。
向こうのライティングデスクの上には、バッグと花束が置いてあった。
花束をもらったことは記憶にある。
それから解散して、課長と電車の席に座った。
ここまでだった。
私の記憶はここまで。

そっと立ち上がって、デスクまで歩いた。
バッグからスマホを取り出すと、通知ありのライトの点滅。
圭さんからのラインと着信。
私が返信したのは、
”今、電車です。もうすぐ帰ります" の一件。
その後のトークは全部未読無視…
数度の着信も不在着信。

…なんか嫌な予感がする。
ううん、嫌な予感しかしなかった…


下に降りたら、専務がリビングで本を読んでた。
家主よりゆっくり起きてくる家政婦っていったい…

「すみません、寝坊してしまいました」

「二日酔い?」

「…はい」

一目見て、専務に言い当てられた。
そんなにひどい顔をしてるのかな、私。

勧められて、私もソファに腰掛けさてもらった。
専務は立ち上がると、キッチンからグラスに水を運んできてくれた。

「すみません、ありがとうございます」

「昨日は楽しかったみたいだね。
随分、ご機嫌で帰ってきたからね」

水を飲んだ。
聞くのは怖かった、でも確かめないと…

「私、何かご迷惑をかけたでしょうか?
…すみません、記憶がなくて」

専務は首を横に振った。

「私も昨日は飲んで帰ったからね。
圭に駅まで迎えに行ってもらったよ。
覚えてない?」

記憶はないけど、ラインに
“迎えに行く”っていうトークが残ってた。
他にも“今どこ?”、“遅い!”、“電話に出ろ!”っていうのも…




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