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02.喧々囂々

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「面白ェ。そこまで言うならやってやろうじゃねぇか」

 真顔になったレインを見て、我に返った時にはもう遅かった。
 瞬く間に距離を詰めた彼に壁際に追いやられ、腕と足で囲い込むようにして逃げ場を無くされてしまう。

「ちょっ――んっ!」

 声を上げようとするやいなや、唇を塞がれた。瞬く間に舌が侵入し、我が物顔でアストリアの口内を蹂躙し始める。
 身体を隠すローブを片手で押さえたまま、もう片方の手で相手の肩や胸を強く叩いて、なんとか押し返そうとした。
 しかし、騎士として鍛え抜かれたレインの身体は鋼のようにがっしりと逞しく、アストリア程度の力ではうんともすんとも言わない。

「んぅ、はぁ……っ」

 昨晩は酔いに任せての行為だったが、今は違う。冷静な頭が、今すぐレインから離れろと訴えている。
 容赦のない口づけに、思わず足ずさりしそうになったアストリアだったが、背後を壁に阻まれているために叶わなかった。

 そうして口づけを交わしている内に、身体は段々と火照りを増していく。
 
(まずい、このままだと……!)

 柔らかく熱い舌の感触はアストリアの脳裏に、容易に昨日の情事を蘇らせた。
 腹の奥がずくんと鼓動を打つように熱を持ち、アストリアの脳と腰を痺れさせる。

「ん、ん……ッ、やだ……っ」
「……リア……」

 普段は『魔女』としか呼ばない唇が、息継ぎの合間にアストリアの愛称を吐息混じりに紡ぐ。

「あ……」

 目の覚めるような青い瞳に見つめられるだけで全身を愛撫されているような心地になり、アストリアは思わず身体から力を抜き、彼に身を委ねそうになった。
もうどうにでもなれと思った。
 しかし。

「はいストーーップ!!」

 ――バターーーーーーン!! 

 思考を放棄しようとしたその時、大きな音と共に部屋の扉が外から開かれた。ついでに鍵も弾け飛んだ。

「アンタたち、いつまで盛ってんの! ここが誰の屋敷だか忘れた!?」

 野太い声を上げながら部屋に入ってきたのは、長い鈍色の髪を後頭部で束ねた大男。その巨体と頬についた大きな傷のおかげで、初対面の相手には傭兵か裏社会の人間と誤解されがちだが、彼は由緒正しい貴族の血筋であり、アストリアの上司――つまり魔術師長である。

 ――物理のほうが強いのではないか? とアストリア始めとする部下一同が常々思っていることは内緒だ。

「ミ、ミカエリス師長……!」

 ミカエリスは異性に興味がないともっぱらの噂であるが、それでも上司の前でいつまでも裸体を晒しているわけにもいかない。アストリアは、先ほど床に落としたままのローブを慌てて身体に巻き付けた。

 久々に王都に帰ってきたアストリアのために、昨晩の酒宴を主催者し、屋敷の広間まで貸してくれた上司。いくら酔っていたとはいえ、そんな彼の屋敷で勝手放題してしまった事実に、思わず青ざめる。

「まったく、酒宴の途中でいなくなったと思ったら、こんなところでイチャついてたとはね。うちは花宿ラブホじゃないんだけど?」
「細かいこと言うなよ師長さん。どうせ部屋なんて掃いて捨てるほど余ってんだろうが」
「うるさいこの腐れ騎士! たとえ部屋が余ってようがお前のヤリ部屋にするために存在してるんじゃないわ!」

 至極もっともな反論を口にした後、ミカエリスは呆れたようにため息をつきながらアストリアとレインをしげしげと見比べる。

「それにしたって、犬猿の仲だったアンタたちがこんな仲になろうとはねぇ」
「ご、誤解です師長! 別にわたしはこいつとなんかっ」

 なんだかとんでもない誤解をしているであろうミカエリスに慌てて弁解しようと足を踏み出すが、後ろから伸びてきたレインの手がアストリアの肩を引き寄せる。
 バランスを崩したアストリアは不覚にも、そのままぽすんとレインの胸に身体を預ける形となってしまった。

「つれねェじゃねーか、ハニー。俺たち一心同体だろ」

 耳元で囁かれ、ぞくりと震えそうになった。
 それでもアストリアはそれを相手に気取られないよう全力で足に力を込め、レインを睨み付ける。

「誰がハニーよ!! っていうかさっさと放しなさいよ!」
「おっと、ダーリンのほうがよかったか?」
「そう言う問題じゃない!! 放せ馬鹿!」
「おーおー、キャンキャンとうるせぇ子犬だな」
「うるさいのはアンタよ! いいからさっさと着替えろ!!」

 強引にレインの腕の中から抜け出したアストリアは、足下に散らばった衣類を急いで拾い集めにかかる。レインもやや遅れて、渋々と自身の服を拾い始めた。
 肩を竦めたミカエリスが部屋を出る直前、そんなレインに声を投げかける。

「――ああそれとレイン、アンタは後で私の部屋に来なさい」
(なんでレインだけ……?)

 少し疑問には思ったものの、任務のことか何かで相談があるのかもしれない――と、その時のアストリアは特に気にとめることもなかった。
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