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2 彼女の役割
しおりを挟むフィーナの笑顔が引きつっていたのは、ほんの一瞬の出来事。すぐに令嬢の微笑みに戻ってはいたが、それでもアルフレットはそれを見逃してはいなかった。
彼は、微笑ましい悪戯が成功した子供のようにクツクツと笑うと。
「そんなに、嫌そうな顔をすることはないだろう」
「いえ…殿下の言葉に驚いただけです」
「そうか? だが、予想の範囲内なのではないか?」
「そうですね。…まったく予想していなかったと言えば、嘘になりますが…それでも可能性は低いとは思っていました」
フィーナは少し震える手でテーカップを握ると、カラカラになった喉を潤すため、紅茶を一口飲むが。
駄目だ…。紅茶の味がまったくわからない…
それでもなんとか気持ちを立て直すと、頭をフル回転させ、失礼にあたらないように断る口実を懸命に探したのだ。
「殿下、その…私は婚約者に相応しくないかと存じます…」
「そうか? 侯爵家という家柄は釣り合うはずだぞ」
「王太子妃候補の方は他にも何人もおられますし――それに私は地味な外見で、社交性にも乏しく変わり者の令嬢として噂されています」
「ああ、もちろん知っているさ」
アルフレットはにこやかに答える。
たしかにフィーナは、変わり者の令嬢として有名だ。
髪は絹糸のよう柔らかく美しいが、色合いはくすんだ銀色。そして瞳の色は地味な薄紫色で、雰囲気もぼんやりとした印象が強い。華やか着飾った美しい令嬢達と比べてば、たしかに見劣りはしている。
それに加えフィーナは、暇さえあればお茶を飲みながら一人ぼんやりすることをこよなく愛しているのだ。
だが当のアルフレットは、そんな些細なことなど気にしてはいなかった。
美しく飾り立て過剰な化粧をする令嬢よりもはるかにましだと考えていた。
彼女はまったく気づいてはいないようだが、控えめだが素は決して不器量ではない。清楚な美しさがあり十分に人目を引くことに加え冷静に周りを分析できる能力もある。彼女は自分の利点にまったく気づいてはいなかったのである。
アルフレットは真っすぐに彼女を見つめると
「フィーナ嬢はいや、アルブレヒト侯爵家は気づいているはずだぞ。私がどういう立場にいるのかを――」
その瞬間――
不意にフィーナは真顔になると視線を向けることなく、暗器を取りだし素早く茂みへと投げ放っていた。
ドサッと重い音がしたかと思うと、茂みの中から黒ずくめの人物が手に短剣を持ったまま、力なく地面に倒れていたのだ。喉には、彼女が放った細身の短剣を受け即死だった。
恰好から察するに暗殺者であることに、間違いなさそうだ。
「見事な腕前だ! つまりはそういうことだよ。ここ最近、今までの比ではないくらい私は命を狙われていてね。いい加減うんざりしているのだよ。そこで犯人が判明するまでフィーナ嬢には、私の身辺警護をかねて、偽りの婚約者でいてもらいたい」
「我がアルブレヒト家は、王家に忠誠を誓っております。もちろん我が一族は、代々影として王家をお守りしておりますので、そういう理由ならば断るわけにもいきませんね」
「ああ、よろしく頼むよ」
こうして表向きはただの侯爵令嬢であるフィーナは、王太子アルフレットの期間限定だが、偽りの婚約者となることに、ほんとうに渋々だが承諾したのである。
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