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孝文とサクラコのプチ旅行(車検)⑤

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 電車に乗った俺とサクラコは揺られること数分、目的の駅へと到着した。
 電車に乗っている間のサクラコは、初めての電車に若干興奮気味ではあったものの騒いだりすることも無く大人しいものだった。

「電車速かったねっ! 車より速いっ! あと人いっぱい!」

 サクラコの駅を出てからの第一声は電車の感想だった。まぁ、人の多い車内で騒がなかったのはとても偉かったと思う。きっと、今の今まで我慢していたのだろう。

「そうだな、速かったなぁ。新幹線って言う電車はもっと速いんだぞ」
「えっ、もっと速いの!?」
「まだ当分は乗る予定無いけどそのうち新幹線で遠出でもしてみるか?」
「うんっ! 乗ってみたい!」
「おう、じゃあそのうち遠出しような」

 どうやらサクラコは電車にお熱なようだな。何かに興味を持つことは良い事だ。まぁ、かく言う俺は電車よりも車のほうが好きだから遠出するなら車で行きたさがあるが……サクラコが電車に興味を持っているから我慢しよう。
 さて、ここに来るのも久しぶりだ。ここから数分歩けばもう『katze』に着く。

「よし、じゃあほなみさんに会いに行くかぁ」
「おー! 行こうーっ!」

 俺達は休日の喧騒を感じながら『katze』を目指した。





「孝文、入らないの?」

 『katze』の目の前に到着した俺達だったが、俺はなかなか入るのを渋ってしまっていた。
 どういう顔をして入ればいいのか分からないのだ。普通に入るか? それとも元気に? うぅむ分からん。
 そりゃあもちろん俺としても久しぶりの再会だ、嬉しいに決まっている。だけど、どこか恥ずかしさがあるんだよな。毎日電話をしていたから、懐かしさは感じないものの……やっぱりどこか恥ずかしい。

「もう、何してるの早く入るよーっ!」
「お、おい待ってくれ!」

 サクラコは俺の手を取り、それはもう元気に店へ入ってしまった。

「あっ、いらっしゃいま――孝文さんっ!」
「あ、あはは……久しぶり、ほなみさん」
「ほなみちゃんだーっ!」

 ほなみさんはパタパタと子気味良い足音を鳴らしながら俺達を迎えてくれた。
 はぁー、この足音懐かし―。足音ですらカワイイってどういう事だよ。

「わぁー、サクラコちゃんだね! 電話では話したことあるけど会うのは初めてだね! 猫村ほなみです、よろしくね!」
「サクラコでーす! ほなみちゃんやっぱり凄く美人でカワイイっ!」

 おぉ、流石は女子。会った途端きゃぴきゃぴしだした。きゃぴってるほなみさんもカワイイなぁ。

「はっ! ごめんなさい孝文さん! ひ、ひとまずどこでも良いので座っちゃって下さい!」
「うん、適当に座らせてもらうね。サクラコ、ひとまず席に」

 俺達はひとまず席に座る。
 席に座って気が付いたが、俺たち以外に客はいない。今は十三時前だからランチタイム中だとは思うが……俺が引っ越してから客足はどうなっているのだろうか。

「孝文さん、お腹って空いてます?」
「あぁ、そういえば昼食べてなかったな。じゃあ久しぶりにサンドイッチでもお願いしようかな。飲み物はアイスコーヒーで」
「わたしも同じの食べる! あっ、コーヒーは苦いから嫌! りんごジュース飲みたい!」

 あぁ、そういえば以前俺がコーヒーを飲んでて気になったのかサクラコが飲んでみたことがあったな。俺は普段コーヒーはブラックでしか飲まないからサクラコにとっては苦すぎて凄い表情になってたっけ。

「はぁい、すぐに用意するね」

 ニコニコと愛嬌のある笑みを浮かべ、クルリとエプロンを翻してキッチンに向かうほなみさん。動作一つ一つが可愛すぎやしませんかね。

「孝文ぃ、よかったねぇ」
「……なんか含みのある言い方だな」

 ニマニマと俺を見つめるサクラコ。どうやら、俺の気分が舞い上がっているのを感じ取っているのかもしれないな。

「俺だって男だ。意中の相手が目の前にいたらこうなるんだよ」
「目の前って……わたしっ⁉︎」
「……んなわけあるか。確かに俺の目の前にはサクラコがいるがそういう事じゃねぇよ」

 俺とサクラコは席が空いてるという事もあり四人掛けの席に座っている。そして俺と向き合うようにサクラコが座る。確かに今の表現だと目の前はサクラコであり、そうなると意中の相手がサクラコになってしまう。

「もぉー、孝文は照れ屋さんなんだからぁ!」
「黙らっしゃい。ほら、今ほなみさんが頑張って飲み物とサンドイッチを用意してくれてるんだから、大人しく待ってなさい」

 サクラコはニヘラと楽しそうに笑みを浮かべながら「はぁーい」と長めの返事をしてからパタパタと脚を遊ばせながらではあったが大人しくなった。
 それから少しして、ほなみさんが飲み物を持ってきた。俺の前にはアイスコーヒーを、サクラコの前にはリンゴジュースを。アイスコーヒーは相変わらず黒いコーヒーを固めた氷が浮かんでいて、少し懐かしさを感じる。

「ありがとう、ほなみさん。このコーヒーを飲むのも久しぶりだな……うん、美味い」

 最後に飲んだのは夏だったから暑さも相まってさらに美味しく感じていたのだろうと思っていたが、どうやらそんな事は無かったようだ。いつ飲んでも美味い。最高じゃないか。

「サンドイッチ、すぐに出来ますからね」
「うん、ありがとう」

 そう言うとキッチンへと戻っていくほなみさん。
 なんだろう、少し違和感を感じる。……あぁ、そうだ。なんか今日のほなみさんは落ち着いてるんだ。なるほどなぁ。でも、なんでまた急に落ち着い――――

ドンガラガッシャン。

 キッチンから、凄まじい音が聞こえた。きっと、ほなみさんが料理機具でも落としたんだろう。

「孝文、凄い音聞こえたよっ!」
「あー……うん、様子見てくるから待っててな」

 俺は立ち上がり、キッチンまで様子を見に行く。

「ほなみさーん、大丈夫ー?」

 キッチンを覗きながらそう言うと、ほなみさんはホットプレートの前で頭を抱えていた。
 あぁ、この光景前に見た事ある……あぁ、あれか。初めて『Katze』に来た時だ。いやぁ、懐かしいなぁ。

「大丈夫?」
「ご、ごごごごごめんなさい! フライパン、ひっくり返しちゃって!」
「めっちゃどもっとるがな。落ち着きなさい」
「はぅっ!?」

 しまった、つい声に出していたようだ。
 お互いの視線が交差する。そして、どちらともなくいつの間にか自然と笑いが生じていた。そこそこ大きな声で笑ったからか、声につられてサクラコもキッチンまでやってくる。

「どうしたのー?」

 サクラコは俺達のもとまでやってくると笑っている俺達を相互に見て最初は首を傾げていたが、面白かったのかサクラコも笑いだす。
 その日の昼時の『Katze』には、愉快な笑い声が響き渡っていた。





●あとがき
クロエ「楽しそうだけど、なんでほなみは真面目ぶってたのよ」
ほなみ「だって……孝文さんの前だもん、しっかりしなくっちゃっ!って思っちゃって……」
クロエ「それで結局ドジしちゃったと」
ほなみ「はいぃ……」
クロエ「因みに、タカフミが感じたデジャヴは『不思議な女性との出会い編 第一話』の事よ。読み返してみると面白いかもしれないわね」
ほなみ「やめてぇぇぇぇ私の痴態を晒さないでぇぇぇっ!」
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